今日は旅の最終地点であるニースに移動するのだが、昼過ぎにマルセイユのユニテ・ダビタシオンのツアーを申し込んでいたので朝から移動。懸念事項はスーツケースで、まさかガラガラ引きずりながらツアーに参加することはできないだろうと思うので、どこか預けるところが必要なのだが、フランスの駅はほとんどコインロッカーが無い。スイスには日本のようにたくさんのロッカーがあったが、テロ対策もあってかこの国には無いのが普通である。ただ、SNCFのサイトで調べたところマルセイユの駅には有人ロッカーがあるらしいのでそこが頼みの綱で行ってみた。無事に駅でロッカーの入口を発見し、さあ預けようと入ったところ、X線検査のコンベアーのところで係員に止められ、「C’est complet !(満員!)」と突き返されてしまった。だったら増設しようとか考えないのかよ。だからお前の国は◯◯なんだ。と思いながら路頭に迷う。
ファーブルの家はオランジュからバスで3、40分程のセリニャン(Sérignan)という小さな街にある。現在はミュゼになっているが、彼がそう呼んでいたのに倣って「Harmas(プロヴァンス語で休閑地、荒地の意味) de Fabre」と名付けられている。家の中には無数の虫の標本や特製の観察器具に加え、化石、植物標本、キノコの自筆図譜などが展示されており、彼が有名な『昆虫記』の著者であるだけでなく総合的な自然科学者だったことがわかる。彼は貧しい家庭でで育ったが、教職を得ながら科学の教科書を無数に執筆して生計を立て、晩年はここに家族とともに住んでいたという。庭は想像した以上に広く、そこは植物園と菜園になっていて、中央にある噴水が生命の溢れ出る様を象徴しているようだ。考えてもみなかったが今年はファーブル没後200年らしく、各種のイベントが開かれているらしい。何やらこういうものに当たるのが多い。
昼からヴァザルリ財団に向かうが、途中でセザンヌの父が所有していたジャス・ド・ブッファン(Jas de Bouffan)の別荘を見る。予約できなかった時点で知っていたが、セザンヌ関係の映画の撮影で中には入れず。セザンヌとゾラの友情関係を描くらしいが、面白くなかったら許さない。庭を少し回ると、なんと野生のハリネズミ発見。モグラかと思ったらハリネズミであった。得した気分。
サント=ヴィクトワール山を描いた場所(Terrain des peintres)は、アトリエから20分ほど丘を上がったところにある。数年前のセザンヌ没後100年の際に整備されたらしく、周りは新興住宅地、そこだけ散策路と見晴台になっている。ここにはテロリストがおらずホッとしたが、なぜか一番いい場所で雑誌を読み続けているおばさんがおり、何もここで読まなくても……と思うのだが、観光客の邪魔をするのが趣味なのか、セザンヌの気持ちで雑誌を読むのが趣味なのか、どっちかであろう。誰がどこで何をしようと勝手だから、我々が正直心の中で「おばさん、めっちゃ邪魔や……」と思っても詮無きことであるが。あと、植栽に問題があると思う。
小一時間経ったので、アトリエへ戻る。今度はアメリカン・テロリスト達はいなくなっていて、我々もゆっくり見ることができた。ここは1902年の最晩年に新築されたアトリエであるが、別段すばらしい建築ではないものの、絵を描いたり運んだりするために機能的にできていて、ここを買い取ったセザンヌ研究者のおかげで当時使われていた道具も残されている。天井まで届くような脚立。彼が着ていたマントやパラソル。静物画に使われた机や椅子、皿、壺。外からキャンバスを出し入れできるように空けられた縦長の窓。庭では『大水浴図 Les Baigneuses』を描いたという。
その後、ラ・フリッシュ(La Friche Belle de Mai)という横浜赤レンガのようなアート・スペースに行く。展示スペースとアート組織、それにレストランや本屋の集まった複合文化施設で、旧タバコ工場をリノベして(あんまりされてないが)使用している。展示自体はあまり見なかったが(開始時間が遅すぎ)、こういうところもあるんだな、という感じで見て回る。帰り道では「寄ってく?」ぐらいのノリで美術史美術館に入ることになってしまった。なぜか無料。驚くほど小さいところだが、ピュジェ(Pierre Puget)、ムット(Alphonse Moutte)、ボンパール(Maurice Bompard)など南仏系の作家の作品が見られるのがユニークである。コローの小さいコレクションもある。
マルセイユ。今日もとりあえず旧港まで行き、魚の直売マルシェを見つつ、地中海・ヨーロッパ文明博物館(Musée des Civilisations de l’Europe et de la Méditerranée / MuCEM)へ。昔の要塞から入り、そこから橋を渡って水面模様(もずく模様?)のファサードの現代建築へと入る。この模様はなんとコンクリート製。遠くから見るとまるで金属である。建物の中に入ると水面下から地中海を見ているような感じになる仕組みである。まあ、ハリボテといえばハリボテなのだが。
美術館を後にして、サン=ローラン教会の方に歩き、名前はわからないが20世紀文化財扱いにされてあるアパルトマンを見ながら、カテドラル・ドゥ・ラ・マジョール(La cathédrale de la Major)へ。デュマの『モンテ・クリスト伯』の舞台にもなった場所らしく、関連スポットの場所が一覧となった地図が置かれているのが面白い。ところで作詞家の松本隆氏のナイアガラ関係におけるペンネーム「江戸門弾鉄」は、この小説の主人公の名前から来ていることを今更ながら知る。学がないと洒落がわからないんだよなあ。
そのまま旧慈善院(? La Vieille Charité)の方に歩き、妻が事前に(ダジャレじゃないよ)調べていたサントン人形屋を物色。待ってても終わる気配がないので周辺を散歩するが観光客向けの店しかない。もちろん我々も観光客なのだが、ヨーロッパの「観光客向けの店」はどうしてこんなにバカっぽい物しか売っていないのだろうか。もう少しあるでしょう、地域の特産品とか質の高い工芸品とか。地名書けば売れると思ったら大間違いだぞ、と言いたくなるが、買う馬鹿もいるのだろうな。
リヨンからマルセイユへの移動日。移動は昼からだったが、観光はできず。それは SNCF(国鉄)の OUIGO(ウイゴ)という格安 TGV に乗るため、サン=テグジュペリ空港まで移動する必要があったからである。OUIGO は TGV の荷物置き場を減らし、食堂車もなし、2階建て車両に座席を寿司詰めにし、チケットは自宅プリントのみで、なおかつ郊外の駅から発着させて超格安の値段で提供するサービスらしい。パリならディズニーランドのあるマルヌ=ラ=ヴァレ、リヨンなら空港のあるサン=テグジュペリである。その分値段は超破格で、リヨンからマルセイユまでたったの10ユーロである。ただパルデュー駅からサン=テグジュペリ空港まで急行トラムに乗る必要があってこれは16ユーロぐらいするので、合計すると26ユーロぐらいになるのだが、それでも十分安い。ただ、大きな荷物は5ユーロの追加料金がかかる。車掌は回ってこず、駅でチケットと荷物のチェックがある。サン=テグジュペリ空港に直結されたTGV駅はサンチャゴ・カラトラバの設計だそう。彼の建築は初めて見た。