9/5 受難

旧慈善院(Vieille Charité)にて「未来」がテーマの美術展を見る。ラング『メトロポリス』の抜粋から始まる展示の最初、サンテリア、バッラ、モホイ=ナジのモジュレーター、マレヴィッチの建築模型など、未来派をはじめとした良い作品を置いていて、ここには知的なコミッサールがいるのだろうと思っていたが、徐々に雲行きが怪しくなり、ついに宇宙旅行の絵の横にミロやマティス、カルダーを置き、部屋に「宇宙旅行」と名付けたところで頭に来た。あまりにも観客を馬鹿にしている。未来=メトロポリス、ロボット、宇宙というバカバカしい連想もいいが、そこにクラシカルモダニズムの作品を押し込める愚行。大衆迎合も甚だしい。固有名詞のチョイスには知性を感じるし、外からわざわざ作品を沢山借りているのでコミッサールは馬鹿ではないとは思うが、この並べ方はちょっと、無い。金と数字が欲しいのは同情するが、これでは死者に失礼すぎる。その上階にあったエジプト、ギリシャ美術の展示はとても良かっただけに、非常に残念である。

昼食後、Nと合流し、慈善院の展示について話すと、マルセイユに住む人も、マルセイユに来る人も、心から芸術に興味がある人は少ないので、キャッチーにせざるを得ないのも少しわかるとのこと。3人で海を見に非ツーリスト的な海岸まで連れて行ってもらうが、暴風のため早々に引き上げる。これが地中海特有の風、ミストラルだという。これだけ風が吹いたら日本なら暴風警報だが、毎日のことらしい。単葉機が飛んで行ったのが印象的であった。

その後、中心部にバスに乗るが、ここで事件が起こった。我々がバスに乗ったところ、犬を連れていてズボンが腰まで下がっただらしない身なりの男がスマホのスピーカーで音楽をかけながら、周りの人に見せびらかして騒いでいる。あまり関わりたくないやつだなと思って混雑の中バスに揺られていたら、突然その男が別の貧しそうな身なりのアラブ系の男に殴りかかった。最初友達と戯れているのかと思ったが、どうやらそうではないらしく、本気で殴りかかっている。車内は騒然とし、間に入って男を止めようとするおばさん、アラブ系の男の隣でベビーカーの子供を守ろうとする父親、警察を呼ぶよう叫ぶ女性。我々も近くにいたので押しつぶされたり、お互い目を見合わせて合図を送り合ったり。そうしているうちにバスは停留所に停車し、2人の男と一緒に我々も外に押し出された。わけもわからず逃げるアラブ系の男は、信号にある車止め用の杭に押し付けられ、倒されてしまった。車掌にもう一度乗り込むように促された我々は急いでバスに再乗車し、2人を置いて発車した。3人とも無事であったので一息ついて車窓を見ていたら、今度はさっきの男が走って追いかけてきて、バスにタックルしてきた。まあ当然ながらバスはびくともしないので、男は転倒して置き去りにされた。少し経って、隣に立っていた男性が「マルセイユにようこそ」と冗談を言ってくれたが、あまり笑えなかった。後で落ち着いて考えればみればアラブ系の男はあの後どうなったのだろうか。Nに聞いてみればいかれた男はナイフを持っていたらしく、最初「俺は金持ちなんだ」と言って嬉しそうだったが突然「俺の金を盗んだのはお前だ!」と言ってアラブ系の男を襲い始めたとのこと。恐らくただのジャンキーだろう。マルセイユはフランス第二の人口を持つ都市だが、最も貧しい都市でもあるとのこと。中心部には貧困層・失業者が多く、郊外に住む富裕層はあまり中心に来ないためお金を落とさない。彼らのようなジャンキーを作ってマフィアが生きながらえているとのことである。バスに乗るのはあまりいい考えではなかったね、と苦笑しながら中心部に着く。

夜、Nの打ち合わせを待っている予定だったが、心理的に疲弊した我々は先にホテルに帰り、寝ることにした。