8/10-23

到着以来、フラ語の先生であるBがよく遊んでくれる。最近では講座の後にお茶をすることが定例になってきて、世間話やら授業の振り返りやら、とりとめもなく長々と話す。しょっちゅう家にも食事に呼んでくれて、半分は私の語学のためにやってくれているのだろうけど、決してそうとは言わない。お金があったら個人授業を頼んでお金を払うようにしたいのだけれど、どうしても今は捻出できないので、こちらも感謝の意を述べるしかない。彼女の義理の母親も語学の先生で、近所の移民に無料でフランス語を教えていたらしく、筋金入りの人道主義者、反資本主義者だ。何で恩返ししたら良いのやら。私も口が悪いが彼女はもっと悪く、思わずこちらが閉口してしまうほどで、だからお前たちは気が合うのだと誰かに言われているが、最近は現代アーティストのジャーゴンの物真似と、嫌いな映画監督の悪口で深夜まで喋りこんだりしている。

8月中旬に妻が日本から合流。警察庁まで滞在許可証の更新に行くが、4時間待たされた挙句、書類不備で再出頭する羽目になる。おたくの国にお金を落としに来てるのにやたらと厳しいことで。まあ外国人だからしょうがない。

夏に気温が30度まで上がる日は1、2週間しかないこともあり、それ以外の日は本当に過ごしやすく、一日中公園の木陰やカフェのテラス席に座っていられる(余談:ちなみに日本人が想像しがちなようにフランスのカフェはおしゃれな気分を気取るところでは全くなく、家の延長であり、界隈の家と家をつなぐ街路の休憩所のようなところであり、近所の人たちがひと休みしながら店員を含めてお互いの近況を話し合ったりする何か共同の居場所という感じだ。コントワール(カウンター)でエスプレッソを一瞬で飲んで仕事に向かう人もいるし、テラスに座ってそこを偶然通る知人と長々と話し込んだり、1日中読書や書き物をする人もいる。この文化は確かに他の国にはない。そういう気のおけるカフェもパリではなかなか見つけにくくなっているのではあるが)。この2週間ほどの間にフラ語の講座でピクニックが2回あり、やがてやってくる暗い冬を心のどこかに感じながら、今しかないこの季節を楽しむ。何か持っていかなければいけないのでそれはそれで奮起しなければいけないのだが、料理は嫌いではないので苦ではない(お前の脳みその半分は食べ物のことで占められている、と言われる)。去年から色々試したが、結局おいなりさんが仕事量的にもウケ的にもベストだということになる。一応スシだし、出汁さえ変えればベジタリアン対応だし。海苔巻きはイマイチ具を揃えるのが難しいし手間がかかりすぎて、次の日死ぬ。

フラ語の講座の後、お馬鹿な現代アーティストの生徒の話のおかげで何か知的なものに触れないとやっていられなくなり、自分の語学力も顧みずフランス語の本を買い込む。文語はまた別の難しさがある。

8/1-9

国立図書館通い。新館に移ってしまった地図部門の使い勝手が悪い。前は本を頼んだらすぐ出してくれたのに、今後は1日3、4回決まった時間にしか出してくれない。しかも昼休みがあるからうっかり11時過ぎに行くと3時間半近く待たされる。あの旧館の地図閲覧専用の傾斜がついた机も好きだったし、部屋の片隅に象徴的に置いてある地球儀も、周りの本棚に何気なく置いてあるレベルの高い二次文献も、職員の暖かく落ち着いた雰囲気も好きだった。知性、教養というものを体現していた。失われつつあるフランスの香りが嗅げる数少ない場所だった。これを言い始めると止まらなくなるが、10年ほど前に初めて来た時パリはもっとグロテスクで(いい意味で)、観光客に阿る悪しき拝金主義はそこまで蔓延っていなかった(それでももうEUだったしスターバックスの1、2店はあったから、私の知っているパリなど微々たるものだが)。今ではお馬鹿なパリ市長のおかげで政府ぐるみのパリ白痴化。サッカーのユーロ杯の時にはエッフェル塔に巨大サッカーボールを吊るし、シャン・ド・マルスでサッカー観戦。クリスマスにはコンコルド広場に観覧車を設置し、シャンゼリゼ通りでクリスマス市という名の大お土産市。夏にはセーヌ河岸に何トンもの砂を持ち込んでパラソルを設置し、泳げない川辺で似非海水浴場気分(今年は写真も飾ってる)。文化財はどこもかしこも馬鹿みたいに修復してしまって(それも酷く)、シテ島の周りは真っ白。次はシャンゼリゼでドローン祭りだそうだ。市長の面子を保つためにイベント会場に軍隊と警察を集中させて、メトロも空港もセキュリティなし。バカバカしくてやってられない。

週末にフォンテーヌブロー城へ。言葉にすると陳腐だが、これは衝撃的。フランスにおける建築様式の歴史が部屋ごとに追って見られるような、建築様式美術館であり、状態もよりよく維持されていて、観光客がそこまで多くないこともあって個人的にはヴェルサイユより断然好み(ル・ノートル設計の庭園はまだかなり単純で、ヴェルサイユのそれの豪壮さには程遠いが)。しかしここも数年後には現代アートを投入されてヴェルサイユみたいになってしまうらしく、想像するだけで気分が滅入る。次回は森に行ってみたい。

フェリーニ『Felini Roma(フェリーニのローマ)』『Les Vitelloni(青春群像)』。最初に見たのが『8 1/2』と『道』だったおかげで今までフェリーニは苦手だったのだが、ようやく楽しめるようになった。祝祭、熱狂、下衆な見世物取らせたら天下一品。会場終始笑い続ける。この映画を見る時の温度のようなものが今の日本にはあまり無いなあ。編集の切り方がせっかちなのは少し苦手だが。あとこちらで見ると日本でいる時と感じ方は変わってくるとは思う。

8/2 家

ようやく9月からの住まいが決まった。パリの北から南の端に移動だ。探し始めてから4ヶ月、ようやく見つかった。

フランスの法則がまたひとつ。
・一度メールしても何も動かない。返事も無い。そもそもWebサイトが満足に動かない。
・二度三度催促して初めて物事が動き始める。
・かといってあまり催促してはいけない。
・諦めて他を探し、そちらが決まった頃にようやく返事が来る。

英語には「長い間バスを待った挙句に2台同時に来る」というような表現があるらしい。
人生もそのようなものだと笑う。

7/21-7/31

サントル・ポンピドゥーでパウル・クレー展。フランスでは47年ぶりの大回顧展らしいが、ちょっと作品のチョイスが暗い。暗いっていうのも変な表現だが、暗い。初期のカリカチュアめいたドローイング作品が多いのに対し、20年代にバウハウスの教員になって理論的にも作家としても大成した時期の作品が少ない。ベンヤミン所蔵の2作品公開(初の同時公開だという)の特別扱いぶりを含めて、ちょっと感傷的で陰鬱すぎないかしら。そう思ったのでフランス人の友人に言ってみたら、「まあコミッセール(キュレーター)がドイツ人だからね」と言われる。ベルンのクレー財団での展覧会と印象は真逆。あとここは照明がやっぱり良くないよなあ。

キアロスタミ『Close-up』、パニョル『Angèle』、ヒューストン『Phobia』、『Fat City(ゴングなき戦い)』、『L’Honneur de Prizzi / Prizzi’s Honor(女と男の名誉)』、『Davey des grands chemins / Sinful Davey(華麗なる悪)』など見る。