9/10 ビベミュスの石切場、エクス→オランジュ

今日で早くもエクサンプロヴァンスを発つことになるが、午前中はセザンヌが絵を描くために足繁く通ったという「ビベミュスの石切場」へ。ここも没後100年の際に整備され、ガイド付き訪問ツアーができた。なんでもかんでも要予約なのは勘弁してほしいが(おかげでユニテ・ダビタシオンのためだけにマルセイユに再度寄らなければならない)、ここは何しろ山だから勝手に歩き回らせるわけにも行かないのだろう。見せてくれるだけでありがたく思うべきである。

9:30 頃に町外れのバス操車場に現地集合、というなかなかハードなスケジュールだが、やはりフランス、オンタイムにガイドは現れない。しばらくすると自家用車でガイドのおばさんが来て、それからまた小さなマイクロバスが来るが、あきらかに全員は乗れない。ガイドのおばさんと運転手でなんだかもめているが、予約の時点でわかるだろ、それ……と心の中で呟く。結局2往復することで落ち着いたらしい。我々は2回目の便になったので、その間ガイドのおばさんが英語で概要を説明してくれる。結果的にはありがたかった。

ここは石切場になったものの、あまり建材として適していないことがわかり、また別に良い場所が見つかっため、使われなくなったという。セザンヌは青年期にただ楽しみのためにこの石切場に来ていたそうだが、また晩年になって小さな家(俗に cabanon=小別荘、小屋と呼ばれているが、正確には bastidon と呼ぶらしい。bastide=邸宅、館の小さいのを bastidon と言うそうだ)。エクスから画材一式を持って麓へやってきて、そこから山道を登りこの家に滞在して絵を描き、疲れたらそこで眠ったらしい。実際に絵を描いた場所が数箇所わかっていて、そこに絵のパネルが埋め込まれていて実際の風景と照らし合わせながら見ることができる。石切場だからもう既に風景がキュビズムなのだが、絵とその風景を照らし合わせると、彼が現実の模写ではなく、あくまで絵という枠の中で風景を成立、現実化(réaliser)させようとしていたことがよくわかる。印象派的な色彩の使い方、同系色の連続的配置と寒暖による差異化、ストローク/タッチの方向性で画面を秩序付けたり動かし、全体でパースペクティブを構成したり、細部に幾何学的要素を発見したり、視線の連続性を発見したり。また、彼は実際その場所で絵を描いたというよりは、その場所で見たものを記憶して、その記憶を元に別の場所で再構成したと考えられていて、あくまでもキャンバスの上での構成なのだということがわかる。ピカソやマティスの絵を思い浮かべれば彼らがいかにセザンヌが体系化した方法論に拠っているかがよくわかる。彼もまたモダニズムの父でありながら、あくまで方法のみに依存することがなく総合的な現実化に拘った、偉大な画家だったのだなと感じる。

2時間強のツアーの後エクスの駅に戻り、昼食を到着時と同じセルフ式のカフェで取ってマルセイユ経由でオランジュへ向かう。今回初めてAirBnBを使ったのだが、ホストのAが駅まで車で迎えに来てくれるという。非常に恐縮だがお言葉に甘えることにする。駅に着くと、なんとオープンカーでやってきてくれて、おそらく人生初のオープンカー体験。中心部から少し行ったところのおうちの離れに泊まらせてもらったのだが、とても綺麗なプール付きで、喜んでいたら「明日は寒いから今日泳いだほうがいいわよ!」と言われ、到着早々プールに。少しだけ肌寒かったが小一時間泳げた。

もう観光には遅いが夕方から市中心部まで歩き、少し散策した後もう小麦粉食に疲れていた我々はタイ系中華料理屋を見つけ(この国ではベトナム系中華とか、カンボジア系中華とか「どっちもできまっせ」的な店が多く、果てはベトナム系日本料理なんてものまで存在してわけがわからない)、メニューと店構えを見たところぼったくり系の店ではなさそうなので入ってみる。唯一の店員のシェフ兼ホールのおじさん(タイ系のお顔立ち)がとても優しく、本当のアジアン・スマイルを見せて接客してくれる。チキンのカレー煮込みとヌードルなどを頼んでみると、これが本当にうまい!いやあ、この旅いろいろ食べたけどここが一番うまいわ……。接客も気持ちいいし、大満足した我々は明日もここに来ることにしてお宿へと帰る。