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7/10-7/12

7/10
昼、ウェブサイトの作業。
夜、シネマテーク・フランセーズのオーソン・ウェルズ特集にて、晩年の『F for Fake / Vérités et Mensonges』を見にいく。ピカソやマティスの贋作画家 エルミア・デ・ホリー(Elmyr de Hory)、彼についての伝記を書いたクリフォード・アーヴィング(Clifford Irving)、アーヴィングが偽の伝記を書きウェルズが『市民ケーン』でモデルにしたハワード・ヒューズ、デ・ホリーが贋作を描いたピカソとウェルズの愛人オヤ・コダー、そして他ならぬ嘘の魔術師ウェルズ、という全員人を食ったような人たちによる、インタビュイーを捉えた映像と決して同じ画面に収まることのないインタビュアーの映像、「リアルな」映像と「フィクションな」映像が映画的編集テクニックによってひとつの確からしい映像となり、それが確からしくなった瞬間に嘘だとばらしてしまう宙吊りの世界(言うまでもなくこれは映画についての映画でもある)。その辺の現代美術を見に行くより面白いこのデ・ホリーというおじさん。マティスは数秒で大金を稼ぐんだ、ロックフェラーでもできないよ、とか言いながらマティスらしいドローイングを描きあげ、そのそばから「バイバイ、マティス」と言って暖炉で燃やしてしまう。このおじさんがピカソ風とかマティス風とかの絵を描いているのを見てると美術史なんか所詮はスタイルの問題でしかないのかと思わされてしまう。字幕付きで見直したいがDVD高いな……。

7/11
朝、なぜだか疲労が溜まっている体に鞭打ってマルシェ(マルシェかよ)。一週間分の食料を買い込む。
昼、グラン・パレのベラスケス展に会期終了間際の滑り込みで入る。パリに着いた頃からやってたのに、混んでるなあと思いながらいつの間にか忘却の彼方にあったのだ。勝手に『ラス・メニーナス』が見られると思い込んでた私はずっとそれを頭の片隅に置きながら見ていたため、あれ、ひょっとして無いのか、とがっくりきてしまったが(まあよく考えればそう簡単にプラド美術館から持ち出すわけがないだろうが)、これはこれで宮廷の肖像画家としての概要が見られて良かった。各地の美術館から借りた絵で参照関係を比較検証しているところが最近のヨーロッパのキュレーションの流儀なのだろうか。バルタサール・カルロスやマルガリータ・テレサの肖像画、『教皇インノケンティウス10世』、『鏡のヴィーナス』など。
夜、再びシネマテーク・フランセーズに行ってリチャード・フライシャー監督の『強迫/ロープ殺人事件 Compulsion / Le Génie du Mal』を見る。勝手に『絞殺魔』と勘違いしてて(最近多いな)全然猟奇殺人じゃないじゃないかと思ってた……。キメキメのショットの連続、突然狂人へと豹変する若者の顔、暴力的なドライブのオープニング・クレジット、緊張感の組み立てに冒頭から戦慄する。最後に突然オーソン・ウェルズが登場して全部持って行ってしまうオーソン・ウェルズ映画ではあるけど。
帰って夜中に大量のジェノベーゼペースト作る。うるさくてごめんなさい。

7/12
昼、三たびシネマテーク・フランセーズ。ジョン・ヒューストンによる『白鯨』の映画化。ヒューストンのロマンティシズムには割と同情的だけどこれはちょっと痛々しい。小説にあった「語り」の異常さが全く失われ、完全にコミック化してしまっている(もちろんコミックを馬鹿にしているわけではない。コミックとコミック化は全く違う)。ひどい天気の中たどり着くニュー・ベッドフォードのボロ宿屋で異教徒の銛打ちとベッドを共にするところから、完全にコミック。うまく撮れているとは思えない船、全く恐ろしくない鯨、狂気を感じない C-3PO みたいなエイハブ、これは『白鯨』ではない、これは全く別物なのだと自分に言い聞かせながら見たが全く乗れないまま白鯨との最終決戦へと至る。この時代に海上でのモンスター映画を撮った苦労は痛いほどよく伝わるし、モービィ・ディックを追うエイハブの執念のように『白鯨』の映画化に対するヒューストンの狂気は伝わってくるが、その狂気はあくまで妄執として、画面へと定着しないまま終わったように思える。メルヴィルのテクストを映画にするなら、相当な知的戦略を持って臨まないとエイハブのように海中に沈むことになるんだろうな。脚本のブラッドベリが全く生かされてないように思える(ヒューストンはエイハブを演じたかったんだ!と言う彼の動画が面白い。)。
夜、K原さんのお宅でアペロディナトワール(軽夕食会)にお呼ばれする。ワインもお食事も大変おいしくてつい飲み過ぎる。息子さんのK君(3歳)との銃撃戦で何度死んだことか。

7/8-7/9

7/8
フライヤーデザインで関わった展示のヴェルニッサージュ(オープニング)へ。設営で既に大方の作品は見ていたのだけど、それ以外の作品もとても良かった。ただこういう場が苦手なので早々に部屋に戻る。

7/9
本を読んでは寝落ちし、起きて本を読んでは寝落ちすることの繰り返しで、急に冷え込んだせいか体調がよろしくない。大したことはしていないのに疲れが溜まっている。社交疲れ、外国語疲れが少し出ているのか。夕方まで部屋でゆっくり過ごす。素麺を食べるために麺つゆを初めて買ってみたが、大丈夫かな、これ。
夜、日が暮れたあとに日本人仲間でセーヌ川で飲むことにしたのだが、モロッコの友人達も飲んでいるとのことで参加する。マルセイユから来てた友人の友人に「ミヤザキをどう思う?」って言われたので「タカバタのほうが好きだよ」と言ったら「少年と少女が一緒に生活して最後原爆で死ぬ映画知ってる?」と言われ、うん、まあ、それタカバタ監督なんだけど、それだけだと誤解を生みそうなので別の映画も勧めておく。それからまたジミー大西のギャグを外国に広めてしまった。

7/6-7/7

7/6-7/7
月末より妻が来るため、1台しか同時接続できない寮付属の鈍足インターネットでは糞の役にも立たないため、先月より外部の会社との契約の手続きに奔走している。しかしインターネット会社Bの支店へと行ってみれば「ここはフランスだよ。フランスの銀行口座が必要なんだ。」と言われ、それでは作らんかとB銀行に行っては「あの寮とはパートナーシップを結んでるけどここじゃだめ。寮の最寄の支店に行って」と言われ、それでは最寄の支店へと行ってみればランデヴー(ここではなんでもかんでも「ランデヴー」だ)のアポを取るのに一週間かかり、待った挙句に「公共料金の領収書がないからダメ。あの寮とは縁を切った。」と言われる。寮の受付に聞いてみて「ここなら大丈夫」と言われたL銀行に行って再度一週間待った後に口座が作れたは良いが、カードができるまで十日かかり、いい加減にしろよと半目で十日をやり過ごしようやく手に入れることができたそれを持ちインターネット会社の支店に行ってみれば、契約だけはすんなりできたものの、帰って繋げてみてもどうしたってインターネットに繋がらない。同じ寮の友人Eの部屋に行って接続を見せてもらったがやり方に間違いはない模様。彼の場合はそもそも物理的に未開通だったため、状況が異なる(工事に来るのに1ヶ月かかったらしい)。そのため諦めて翌日再度支店へと乗り込む。開梱したネット用端末を再度詰め直して持って行ったところ「ここはフランスだよ。アクティベーションに最低4日かかるんだ。」と言われる。「昨日言わなかったじゃないか!」と言ったら「誰が言ったの?」「痩せた背の高い白人。今いないみたいだけど。」「だめだなそいつは。」みたいなことで我関せずといった風合い。昼間もフラ語でフランス愛国者によるオーセンティシティだけが全てみたいな発言を聞かされて腹が立っていたところにこれ。全くこの国はこのまま世界に遅れて没落すれば良いさ。

夜、手紙を出すついでに散歩しようかと歩いていたら突然後ろから声をかけられる。見れば1個下の後輩ではないか。思わず握手する。5年前にこっちに来て、目と鼻の先に住んでいるらしい。全然知らなかった。セーヌ川で飲んでたらしく、やってることも一緒。今度飲もうと言って別れる。嫌なこともあれば良いこともある。嬉しい出会いだった。

7/1-7/2

7/1
最高気温40度也。パリにはほとんどまったくエアコンがない。歯医者のエアコン(ダイキン製)が最高だったが、治療はまだ2ヶ月はかかる模様。
夜、満月だったので狼男の話になり、10歳下の日本人女子に『怪物くん』の話をしたら「知らない」と言われ、画像検索をして見せたら「『パワーパフガールズ』に似てますね。どっちが真似したんですか?」と言われる。たちまちおつむが大噴火しそうだった。

7/2
本日も30度台後半也。頭がぼーっとして何もできないので涼しいところを探して図書館、スタバ等を歩き回るが安息の地は見つからず。うちの部屋は西陽が22時近くまで全力で差し込むので作業不可能。夕方、ビールを買うのにレジで15分ぐらい並ばされて(修学旅行生が1人1人ジュースを買っていたり、ひとり前のおじさんが6本入りのビールを買おうとしたが値段が値札と数サンチーム違う、とゴネたためにレジのおじさんが機械を前に四苦八苦し、隣のレジのお姉ちゃんが助けに来たり1本だけの商品を取りに行ったりしてワチャワチャしたため)、挙句何の謝罪もなくヘラヘラと「ボンジュー」って言われ、「ふざけんな!この後進国め!レジ打ちぐらい勉強しとけこの怠け者!だいたいレジもう一個空いてるだろ!だからお前らの国はこんなんなんだ!」と叫びそうになったが、この国では怒る方がバカなのでやめておいた。週に一回ぐらいはこういうことがあって、おまけに路上の立ちションの匂いなんか嗅いだ日にはもう何もする気になれないほど疲れる。もう一回大改造された方がいいぞ、お前ら。

6/13-6/30

6/15
朝一で歯医者に電話して夕方の予約を取り付ける。行ったはいいが合計で2時間ぐらい待たされて、亀裂の入った箇所を取り除いてセメント詰めておしまい。二週間後の元々の予約の日までそのまま片側で飯を食って暮らせと。絶望して麻酔に悩まされながら中華やけ食いして寝る。都合が悪くなると歯医者の日本語が下手になった気がするのが余計に腹立たしい。

6/16
朝から映像の打ち合わせした後、フラ語。ベルギーでチョコチップアイスで歯を折ったと言うと「アメリカだったらアイス屋を訴えれるわ」と言われる。そのまま別件の打ち合わせして、友人のための映像編集をする。
友人が3人もオープンスタジオする日で、手伝いも見て回るのも忙しい一日。夜はパーティーでガーディアンに怒られるまで続いた。

6/17
友人のプロジェクターの返却に付き合ったり、初めて雑貨屋Merçiに行くなど。疲れているので景気付けにカレー作る。

6/18
夕方、映画館に行こうと思っていたら新しく来た日本人の友人に出くわしたので、ついでに日本食材屋を紹介する。「映画行くけど」と言ったらついてくると言うので一緒にオーソン・ウェルズの『上海から来た女(4Kデジタル修復版)』を鑑賞。終盤のたたみかけの凄まじさに、久々に戦慄する。言葉が半分しかわからなくても戦慄するというのが映画なのだ。それにしてもオーソン・ウェルズってここまでやりきる人だったのか。脱帽。
夜、寮のオーディトリウムにて友人のラッパーのコンサート。とても良いコンサートだったが疲れていたので打ち上げはパスして部屋にて爆睡。

6/19
朝からL銀行へ。日本人ハーフの人が対応してくれた。あちこちたらいまわしにあったがパートナーシップのおかげですんなり口座を開くことができた。こちらの銀行は日本の銀行の窓口らしきものは無きに等しくて、弁護士のように担当の店員が付くそう。いろいろ保険もついてるしデビットばかりかクレジット機能まで付いててありがたい。逆にそんなに簡単でいいのかしら。カードが来るまで10日来るのはフランスらしいけど。
夜、いつもの友達とたまには外食しようとバスクバーにて食事。その後うちで飲むが大して飲んでないのに泥酔する。

6/20
終日二日酔い。
夜がた、サヴォア邸で展示をしているK島さんと再会し、元生徒のTさん(でも私と同世代)とバスクバーにて2日連続で食事。昨日も来たな、とか言われながらピンチョスに舌鼓。グロッキーなので酒は控えていたが最終的にビール一杯飲んだら調子が戻った。

6/21
3ヶ月でできた沢山の友達が今月ここを去ってしまうため、センチメンタルになる。妻が来るまでの1ヶ月、やっていけるのか不安になったり。飲んでごまかす。

6/22
寮の日本人仲間とサヴォア邸に行き搬出作業を手伝う。搬出業者が搬入時に自分で置いていった物を「これは無理」とかゴネるので思わぬ時間がかかる。ずっとヘッドセットで電話しながら作業してるしトラックに詰める効率も悪いし、なんなんだこいつ状態。本当に業者の当たり外れが大きいなあ。
メイン作品の搬出が終わった後、アアルトのルイ・カレ邸(Maison Louis Carré)に寄贈する作品があって、タクシーでの納入に付き添ったが、イル・ド・フランスの田園地帯を横切りながらたどり着いたそこはサヴォア邸と好対照な住みやすそうな別荘建築だった。貸切でファッション撮影していたためほとんど見られず、妻が来たら改めて行くことにする。
夜はいつもの「気のおけない中華」にて打ち上げ。大変だったが楽しい一日だった。

6/23
フラ語、日本人居住者のピクニック、隣の部屋の友人Cのオープンスタジオ、階上の友人 H / J のポエトリー・リーディングのイベントなど忙しい一日。ひたすら精神的に参っていたが今月で寮を発ってしまう友人と話ができてとても嬉しかった。このおセンチな状態を打破するには外に出て人に会うしかなさそうだ。ドイツ系の人が読んでいた詩は後でスイスの友人Mに聞いてみたら「部屋の中を裸足で歩いていたら、足の裏や指の間からキノコが見つかったよ」みたいな話だったらしい。なんじゃそら。「日本の綺麗な部屋ではありえないわね」と言われる。

6/24
友人Hにお願いしていたテキスタイルの制作をするため、2人で工房のある学校まで歩きながら色々話をする。彼女と出会えたのは、僕がレセプションに何か注文しに行った時にたまたま隣にいた彼女が「あら、あなたうちの真下に住んでるわ。今日うちでみんなでご飯食べるからこない?」と言われた時であった。この3ヶ月は準備期間だと思っていていろいろな偶然の出会いを楽しんできたけど、あの時レセプションに行かなければこんなこともなかったに違いなく、偶然にしては特別な出会いであった。彼氏のJも面白い演奏をするドラマーで、世代も同じだし共通するところが多い。彼女も何か思いつくところがあったらしく、今度協力することになりそう。距離は離れるが長い付き合いになるといいなと願う。
大学にある工房に着いて、てっきりHが織ってくれるのを見ることになると思っていたのだけど、織機の使い方を教えてくれて、なんと自分で織ることができた。4時間で2枚別バージョンのものを織ることができて、とてもありがたい。彼女はそのまま自分の作品を仕上げて帰るとのことで、一人で歩いて帰る。
帰って疲弊した体に鞭打ち、寿司の仕込み。フランスまで来てマグロの漬けなんか作ってる私はなんなのだと思わなくもないが、中国製の甘いサーモンロールを寿司だと思われては黙っていられない。

6/25
朝から酢飯を炊いて、ついに開催されたフラ語ピクニックに向かう(何回延期されたことやら)。ブーローニュにあるオートゥイユ温室で、エッフェルに並ぶ19世紀の大建築家フォルミジェの拵えた機能的建築が素晴らしいが、真後ろにローラン・ギャロスのための施設が建つために景観が破壊されるとのこと。今日でお別れになる友人たちとの別れを惜しむ。
夜、残り物を日本人仲間で手巻きにして食べる。

6/26
旦那さんの転勤でこちらに来たAちゃんとお茶。
久しぶりに日本人女子の辛口コメントが聞けて懐かしい。

6/27
翌日の誕生日兼お別れパーティーのための仕込みで東奔西走する。フランスまで来てヘダイを捌いて昆布で〆ている私はなんなのだと思わなくもないが、Maki(巻き寿司)が通常の寿司だと思われては黙ってはいられない。「あのご飯の上に魚の切り身が載ってるのは何?寿司なの?」「え、あれ難しいの?どこが?巻くほうが難しいじゃない。」

6/28
夕方より誕生日兼お別れパーティー。別れの前の刹那的な瞬間を楽しむ。ここ数日、この寮全体の空気が狂っている。
作っていった手まり寿司も喜ばれて感激した女子に抱きつかれたりしたが(そんなに?)、出汁をとった後の乾燥椎茸を濃いめに煮染めたのが妙に受け、フランス人に「こんなうまいキノコ食ったことない」と言われる。モロッコ人も食べ続けていた。こちらでもマルシェでセップやジロールと並んで「シイタケ」が売ってたりするのだが、見た目からして全然違う。こんな生活の知恵的な土臭い料理が受けるとは、意外。これでいいなら次から寿司なんか作らないよ(笑)。

6/29
2日連続で約束をすっぽかしたイラク人に切れる。たいして仲良くもないのに仕事を頼んできたが、金がないというのでしょうがなくやってあげようと思ったのに。自分の部屋は既になく、部屋のために彼女を作っては渡り歩いているようなやつなので、関わり合いにならなくて良かったが。
今日で引っ越す会場の H / J にカーペット、ブレンダー、IHクッキングヒーター、棚などをもらう。何から何までありがたし。三週間後に少し会えるので再会が楽しみ。
夜、フラ語の先生の家におよばれしてベジタリアン・ディナーをいただく。先生の友人にマレ=ステヴァンス、プルーヴェ、ペリアンの資料を見せていただいて、貸してまでくれた。「わかってるわね。返さなかったらこうよ!」と首を掻っ切る仕草をされたけど。先日の授業で勃発した先生と生徒のブリジット・バルドー論争が再発し、ジョン・カサヴェテス=ジーナ・ローランズ論争に発展(いや、私は参加していませんが)。論議しても最後はお互いを認めて仲良くなるのがすごいと思う。
猛暑続きのおかげで帰ってダウン。エアコンつけようよ……。

6/30
フラ語。フランス人はニックネームで人を呼ばないって話になり、日本人は子供に数字をつけて呼ぶんだっていう話に。そういえば一郎、二郎、三郎っておかしな習慣だよな……。

6/7 撮影日和

日中、チリのフォルクローレを聞きながら作業。先日友人が歌っていた曲がわかった。作業もひと段落。
夕方から友人Jのパフォーマンス撮影の手伝いでルーブル、凱旋門、エッフェル塔をはしごする。日本の友人H、モロッコの友人Aと彼の母親、スペインの友人Nも参加し、とても雰囲気良く撮影が進む。こうやって誰かが招集をかけたらガッと集まってそれぞれのプロフェッショナリティーを発揮するところがいいところだなあ。身分が担保されている今だから気軽に手伝えるのかもしれないけど。日本にいたら忙しくてなかなか手伝えない。撮影してたらルーマニア人のマジシャン/ラッパーに話しかけられて、YouTubeの動画を見せられ、なぜかエッフェル塔によりかかった記念撮影までさせられた。
そのままエッフェル塔前の公園にて飲もうとしたが急に冷えてきて退散。帰ってベナンのラッパーBのスタジオにて飲む。

6/5-6

6/5
主に仕事。
夕方、洗濯の行きがけに逢ったモロッコの友人Zに、部屋に連れて行ってもらい作品を見せてもらう。信号機のデザインをしてコピーライトを取ろうとしているそうだ。聞いてみたらすごく若くて驚くのだが、毎日とても真面目に仕事をしていて、いきいきと自分の作品について語ってくれる。私はその若さをどこに置いてきたかな……。
夜、バスクの友人Pの誕生日パーティーだそうで、やることはあったが顔だけでも、ということで行ってみる。行ってはみたものの定時に全く始まっていなかったどころか片付けも住んでいなかったスタジオは、モロッコの友人たちの手であっという間にパーティー会場に変わる。既にほろ酔いのPが到着し、パーティーが始まる。昼間34度で急に夏がやってきたが夕立で一気に20度近くまで下がったこともあり、今までで一番雰囲気の良いパーティーで、集まった人たちも皆優しい物腰の人たちばかりであった。終わり際、チリの友人Fによるフォルクローレの演奏があり、私はほとんど泣いていた。さすが国際芸術都市だ。
4月に入居して今月で帰ってしまう友人が多く、「お前はいつまでいるんだ」と言われ「1年だよ」というと「まじで!?クールだな」と言われることが多い。今月はオープンスタジオラッシュで、こちらも気だけは焦る。

6/6
午前中、マルシェ。午後、図書館にて作業。それにしても晩飯の材料を買うのに3箇所も4箇所もぐるぐるしないと揃わないのはなんとかならんもんか。その度に立ちションの匂いを嗅いで「ファック!」って心の中で叫ばなければならないのもなんとかならんか。

 

6/3-4 寿司と歯医者

6/3
昼間、調べ物。
夜、ピクニックのために巻き寿司の練習する。失敗。

6/4
フラ語。「昨日寿司作った」って言ったら「日本人は毎日寿司食うの?」って言われて「高いから食わないよ。一番高いところは200€ぐらいするよ」と言ったらまじか、という感じになった。そこからなぜか「日本人は麺類食う時ズルズル言いながら食うけど、あれは熱いからでしょ?」と言われ、「熱い時にするのはフーフーで、ズルズル言うのは熱かろうが冷たかろうが一緒」って言うと、まじか、ありえん、みたいな感じになった。とにかくジェスチャーだらけでバカみたいな会話だった(笑)。
最大の懸念事項だった歯医者。こちらに来る前に歯の詰め直しをしたのだけど、中で虫歯が進行していたらしく(M小金井の駅前歯医者め!)、歯の神経を抜かなきゃならんかもしれん、そうなったらフランスでやらなきゃいけないよ、高いよ、と脅されていたので恐る恐る日本語が話せるハーフの歯医者さんに電話し(受付は英語)、ようやく今日に至る。結構遠かったので遅刻気味だったのだが、建物に入ったはいいものの受付らしき場所が閉まっていて、まさかフランス人でも患者を置いて帰るほど適当じゃあるまい!と思い焦りながら辺りを見回したら「2階」って書いてあった。電話までかけてしまって、すんません。
で、行ってみたらとっても綺麗な近代的な設備の歯医者さんで、受付、問診してくれる人たちも丁寧で、先生の日本語は私より上手だった。問題の治療は詰め物を取ろうとしたもののそれさえ痛むので、やっぱり神経を抜かなければいけないらしく、何重にも麻酔をかけられて神経を抜いてくれた。麻酔と待ち時間に時間がかかったが、治療自体はすぐ終わり、万が一の痛み止めの処方箋をもらって帰ってきた。来月もう一回行くことに。
日本と違うのは
・うがいマシンが無い。水道で自分でうがいする。
・レントゲン室が無い。というか処置室=レントゲン室なのか、放射線マークが貼ってあった。
・助手(歯科衛生士)がいない。
・麻酔がきつい。
・処方箋はどこの薬局でもいい。
・支払いは治療が完了した次回。
半日経った今でも麻酔が効いてるのか神経が腫れてるのか、顔の半分がぼんやりしている。仕事のメールが来ているが、悪いが今日は寝させてください。

最近思うのは、いいやつの作品は、いい。

5/29-6/2

5/29
昨日教えてもらったJNのコンサートへ。場所は Barbes – Rochechouart という北駅近くの移民街。「めっちゃアンダーグラウンドな場所で、入ったら最後、中から鍵閉められるから帰れないよ」って冗談交じりに言われてたのだが、行ってみたら本当にその通りで、看板なし、廃ビルのガレージから入って地下3階ぐらいまで降りるというフィジカルにアンダーグラウンドな場所だった。どうやら早く着きすぎたらしく、演者以外誰もいない会場にて1時間以上待つ。そのうちちらほら人が集まり、結局10人ぐらいになった。内容は即興のデュオ、ソロ、カルテットでジャズ風味だったり音響系風味だったり、それぞれだったけどなんだか懐かしい気持ちになった。友人の演奏はとても良かったので、是非今度ソロを聴いてみたい。他人とやる時とは全く違うスタイルらしいので。帰り際、女性オーナーに「楽しんだ?」と言われて「もちろん」と言ったら「もちろん?『もちろん』じゃないのよ」と言われる。多分、楽しまない人がいっぱいいるから、「もちろん」じゃない、という意味ではないかと思う。

5/30
午前中マルシェ。
夜、こちらに来て初めてカレーを作る。近くの調味料屋が有名な場所だったらしく、行ってみる。ただしスパイスは1年在住の身には多いし、お安くないので個別に買うわけにもいかず、カレー用のミックスを買う。香りが強くてとても良い。

5/31
誘われてジヴェルニーのモネの庭に行く予定だったが、雨なので中止し、『Fantastic Mr. Fox』を見る。3回目だが、これは『グランド・ブダペスト・ホテル』に勝るとも劣らん冒険だと思う。
最近疲れ気味である。

6/1
今日からパリ生活3ヶ月目。生活にはもう慣れたし社交はもうほどほどでいいや、という気持ちで今日からブリブリ行動することにする。行動といっても見たいものを見て、勉強したいものを勉強して、作りたいものを作るだけだが。
今日はシャンティイ城(Chateâu de Chantilly)に行くことにする。ここの領主は愛書家(bibliophile)らしく、1万点以上のマニュスクリプト、インキュナビュラ等を所蔵している。中でも『ベリー公のいとも豪華なる時祷書 Les Très Riches Heures du Duc de Berry』を所蔵しているというので、ひょっとして見られるのでは?という思いで行ってみた。パリ北駅から約20分。そこから森と競馬場横の芝生の中の道を通って約30分、城に着いた。城はヴェルサイユに比べてとても小さいが、金持ち趣味過ぎず、程よい広さをしている。庭園はとても面白い形をしていて、空撮で見るとよくわかるが軸線の左右にシンメトリックに池、噴水が構成されている。城に入っていきなり左にあった図書室は、展示こそやる気がないものの、本棚は本好き、特に製本好きにとっては夢のようなところだ。素晴らしいルリュールの作例がゴロゴロ転がっている。結局『ベリー公』は見られなかったのだが、学芸員に相談次第で蔵書は見せてもらえるそうなのでいつか出直そうと思う。『ベリー公』が見られるかどうかはわからないが。数年前には企画展として公開されていたらしいことを売店のポスターにて知る。併設の馬博物館はほぼ厩舎だった。
夜は寮のオーディトリウムで友人KVのクラシック・コンサート。激情の表現がとても得意なのではないだろうか。クラシックには明るくないが、楽しんだ。

6/2
午前中、フラ語。本当はピクニック授業の予定だったのだが、寒いので中止に。アメリカの友人より初期の写真史に名を残すジュリア・マーガレット・カメロンの写真展がゲント(フランス語だと「ギョン」みたいな感じ)でやってると聞く。この講座のいいところはこういう美術方面のことについて話し合えることで、思わぬ情報を得ることも少なくない。
夕方、寮のギャラリーにて日本の版画工房/画廊とフランスの交流展のオープニング。こんなに日本人を見たのは久しぶり也。
夜は念願のモノプリ(スーパー)のカレーを食べて満足。

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Jacques Bellange

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Alexandre-Gabriel Decamps “Souvenirs de la Turquie d’Asie, Enfants tures jouant avec une tortue”

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Jean Fouquet “Livre d’Heures d’Étienne Chevalier”

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Raphael “Madonna de Orleans”

5/25-28

5/25
妻のビザのためのレターを書いてもらいに秘書課に行くが、閉まっている。戻って調べてみたらLundi de Pentecôte(聖霊降臨祭の翌日の月曜日)で祝日だった。5月、祝日多すぎ。祝日以外も休みすぎ。今更何処かに出かけても無駄なので、おとなしく仕事する。

5/26
シーツ交換後、フラ語。フランスと日本の美術の概念の違い、特にアートとデザインの分化/未分化について話せたが、半分以上わからなかったのでイマイチ焦点を得ず。フランス語には「デザイン」という言葉はあるが、「デザインする」という動詞はない。ひとつの争点となったのは「機能的」という概念だが、こちらはそれを単に経済的、構造的、身体的なものだと思いこみがちだけど、先生は感情的な作用を引き起こすのも「機能」のひとつだ、とのこと。また、工業性についても「じゃあ(イサム・)ノグチのランプはデザインなの?アートなの?」と言われ、それは確かに難しい問題だなあ、と。フランス語を学ぶのは単に言語の問題じゃなくて、概念の違い、思考の違いを経験することだな、と思う。いや、全然しゃべれませんが。
夜は明日寮を去る名古屋のY君との別れを惜しんで飲み会。なんと彼はジェイソン・ステイサムのファンだった!パリでステイサムの話ができるなんて、嬉しいなあ。

5/27
昼からBnF(国立図書館)新館に行って利用者カードを1年パス(60€)に更新し、そのまま地下に入って閉館近くまで作業。最悪なのは直射日光がもろに差し込んできて、暑すぎて作業できないこと。10分ほどで耐えられなくなったのでロの字型平面の対岸の部屋に移動する。駅からアプローチした場合に一番目につく建物にでかでかと「安全のために滑り止めの道を通ってください」ってカッティングシートで貼ってあるのだから、笑えない。

5/28
朝起きたら先日ビシビシに画面にヒビが入ったiPhoneが、遂に操作不能になった。また出費がかさむのかと思うと凹む。
フラ語。写真家の友人Aが先日ダンサーを撮影したこと、アメリカの友人Eが見たというBnFのアジェの写真、私が行ったBnF新館の建築、パラジャーノフなどについて話す。しかし何でも知ってるこの先生は一体何者なのか。
昼、ニースから帰ってきた韓国の友人が、オルリーからのタクシーで携帯を失くしたとのことで、てんてこまい。こちらもAndroidには明るくなく、写真だけは吸い上げられたのだけど連絡先はGmailに同期していなかったようで、落し物で出てこなかった場合は無理そうだ。
夜は友人HMの展覧会のオープニングを見にÉcole des Arts Décoratifsへ。先日見せてもらった作業中のテキスタイルは、フランスの女性数学者・物理学者でプリンキピア・マテマティカを仏語訳したことでも知られるエミリー・ル・トネリエ・ド・ブルトゥイユ(Émilie Le Tonnelier de Breteuil)の火についてのテクストを、テキスタイルパターンに変換(翻訳)したものだった。そのほかにも彼女は書物としてのテクストを縦糸と横糸に分断して編みなおしたり、とても面白い仕事をやっていた。編むという行為が書物に通ずるものがあって、私にとっても印象的な展示だった。こういう出会いがあるのは素晴らしい。
その後チベット料理屋でカレーを食べて(カレー欠乏症だったので)、カルチェ・ラタンにてドン・シーゲルの『殺人者たち À Bout Portant / The Killers』(2Kデジタル修復版)を見る。先日のシオドマク版『殺人者』と比較して、ドン・シーゲルが翻案した箇所がよくわかり、また撮り方の特徴もよくわかる作品だった。良いプログラミングだ。

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ヨーロッパの山崩しゲーム「MIKADO」。意外と白熱する。