6/13-6/30

6/15
朝一で歯医者に電話して夕方の予約を取り付ける。行ったはいいが合計で2時間ぐらい待たされて、亀裂の入った箇所を取り除いてセメント詰めておしまい。二週間後の元々の予約の日までそのまま片側で飯を食って暮らせと。絶望して麻酔に悩まされながら中華やけ食いして寝る。都合が悪くなると歯医者の日本語が下手になった気がするのが余計に腹立たしい。

6/16
朝から映像の打ち合わせした後、フラ語。ベルギーでチョコチップアイスで歯を折ったと言うと「アメリカだったらアイス屋を訴えれるわ」と言われる。そのまま別件の打ち合わせして、友人のための映像編集をする。
友人が3人もオープンスタジオする日で、手伝いも見て回るのも忙しい一日。夜はパーティーでガーディアンに怒られるまで続いた。

6/17
友人のプロジェクターの返却に付き合ったり、初めて雑貨屋Merçiに行くなど。疲れているので景気付けにカレー作る。

6/18
夕方、映画館に行こうと思っていたら新しく来た日本人の友人に出くわしたので、ついでに日本食材屋を紹介する。「映画行くけど」と言ったらついてくると言うので一緒にオーソン・ウェルズの『上海から来た女(4Kデジタル修復版)』を鑑賞。終盤のたたみかけの凄まじさに、久々に戦慄する。言葉が半分しかわからなくても戦慄するというのが映画なのだ。それにしてもオーソン・ウェルズってここまでやりきる人だったのか。脱帽。
夜、寮のオーディトリウムにて友人のラッパーのコンサート。とても良いコンサートだったが疲れていたので打ち上げはパスして部屋にて爆睡。

6/19
朝からL銀行へ。日本人ハーフの人が対応してくれた。あちこちたらいまわしにあったがパートナーシップのおかげですんなり口座を開くことができた。こちらの銀行は日本の銀行の窓口らしきものは無きに等しくて、弁護士のように担当の店員が付くそう。いろいろ保険もついてるしデビットばかりかクレジット機能まで付いててありがたい。逆にそんなに簡単でいいのかしら。カードが来るまで10日来るのはフランスらしいけど。
夜、いつもの友達とたまには外食しようとバスクバーにて食事。その後うちで飲むが大して飲んでないのに泥酔する。

6/20
終日二日酔い。
夜がた、サヴォア邸で展示をしているK島さんと再会し、元生徒のTさん(でも私と同世代)とバスクバーにて2日連続で食事。昨日も来たな、とか言われながらピンチョスに舌鼓。グロッキーなので酒は控えていたが最終的にビール一杯飲んだら調子が戻った。

6/21
3ヶ月でできた沢山の友達が今月ここを去ってしまうため、センチメンタルになる。妻が来るまでの1ヶ月、やっていけるのか不安になったり。飲んでごまかす。

6/22
寮の日本人仲間とサヴォア邸に行き搬出作業を手伝う。搬出業者が搬入時に自分で置いていった物を「これは無理」とかゴネるので思わぬ時間がかかる。ずっとヘッドセットで電話しながら作業してるしトラックに詰める効率も悪いし、なんなんだこいつ状態。本当に業者の当たり外れが大きいなあ。
メイン作品の搬出が終わった後、アアルトのルイ・カレ邸(Maison Louis Carré)に寄贈する作品があって、タクシーでの納入に付き添ったが、イル・ド・フランスの田園地帯を横切りながらたどり着いたそこはサヴォア邸と好対照な住みやすそうな別荘建築だった。貸切でファッション撮影していたためほとんど見られず、妻が来たら改めて行くことにする。
夜はいつもの「気のおけない中華」にて打ち上げ。大変だったが楽しい一日だった。

6/23
フラ語、日本人居住者のピクニック、隣の部屋の友人Cのオープンスタジオ、階上の友人 H / J のポエトリー・リーディングのイベントなど忙しい一日。ひたすら精神的に参っていたが今月で寮を発ってしまう友人と話ができてとても嬉しかった。このおセンチな状態を打破するには外に出て人に会うしかなさそうだ。ドイツ系の人が読んでいた詩は後でスイスの友人Mに聞いてみたら「部屋の中を裸足で歩いていたら、足の裏や指の間からキノコが見つかったよ」みたいな話だったらしい。なんじゃそら。「日本の綺麗な部屋ではありえないわね」と言われる。

6/24
友人Hにお願いしていたテキスタイルの制作をするため、2人で工房のある学校まで歩きながら色々話をする。彼女と出会えたのは、僕がレセプションに何か注文しに行った時にたまたま隣にいた彼女が「あら、あなたうちの真下に住んでるわ。今日うちでみんなでご飯食べるからこない?」と言われた時であった。この3ヶ月は準備期間だと思っていていろいろな偶然の出会いを楽しんできたけど、あの時レセプションに行かなければこんなこともなかったに違いなく、偶然にしては特別な出会いであった。彼氏のJも面白い演奏をするドラマーで、世代も同じだし共通するところが多い。彼女も何か思いつくところがあったらしく、今度協力することになりそう。距離は離れるが長い付き合いになるといいなと願う。
大学にある工房に着いて、てっきりHが織ってくれるのを見ることになると思っていたのだけど、織機の使い方を教えてくれて、なんと自分で織ることができた。4時間で2枚別バージョンのものを織ることができて、とてもありがたい。彼女はそのまま自分の作品を仕上げて帰るとのことで、一人で歩いて帰る。
帰って疲弊した体に鞭打ち、寿司の仕込み。フランスまで来てマグロの漬けなんか作ってる私はなんなのだと思わなくもないが、中国製の甘いサーモンロールを寿司だと思われては黙っていられない。

6/25
朝から酢飯を炊いて、ついに開催されたフラ語ピクニックに向かう(何回延期されたことやら)。ブーローニュにあるオートゥイユ温室で、エッフェルに並ぶ19世紀の大建築家フォルミジェの拵えた機能的建築が素晴らしいが、真後ろにローラン・ギャロスのための施設が建つために景観が破壊されるとのこと。今日でお別れになる友人たちとの別れを惜しむ。
夜、残り物を日本人仲間で手巻きにして食べる。

6/26
旦那さんの転勤でこちらに来たAちゃんとお茶。
久しぶりに日本人女子の辛口コメントが聞けて懐かしい。

6/27
翌日の誕生日兼お別れパーティーのための仕込みで東奔西走する。フランスまで来てヘダイを捌いて昆布で〆ている私はなんなのだと思わなくもないが、Maki(巻き寿司)が通常の寿司だと思われては黙ってはいられない。「あのご飯の上に魚の切り身が載ってるのは何?寿司なの?」「え、あれ難しいの?どこが?巻くほうが難しいじゃない。」

6/28
夕方より誕生日兼お別れパーティー。別れの前の刹那的な瞬間を楽しむ。ここ数日、この寮全体の空気が狂っている。
作っていった手まり寿司も喜ばれて感激した女子に抱きつかれたりしたが(そんなに?)、出汁をとった後の乾燥椎茸を濃いめに煮染めたのが妙に受け、フランス人に「こんなうまいキノコ食ったことない」と言われる。モロッコ人も食べ続けていた。こちらでもマルシェでセップやジロールと並んで「シイタケ」が売ってたりするのだが、見た目からして全然違う。こんな生活の知恵的な土臭い料理が受けるとは、意外。これでいいなら次から寿司なんか作らないよ(笑)。

6/29
2日連続で約束をすっぽかしたイラク人に切れる。たいして仲良くもないのに仕事を頼んできたが、金がないというのでしょうがなくやってあげようと思ったのに。自分の部屋は既になく、部屋のために彼女を作っては渡り歩いているようなやつなので、関わり合いにならなくて良かったが。
今日で引っ越す会場の H / J にカーペット、ブレンダー、IHクッキングヒーター、棚などをもらう。何から何までありがたし。三週間後に少し会えるので再会が楽しみ。
夜、フラ語の先生の家におよばれしてベジタリアン・ディナーをいただく。先生の友人にマレ=ステヴァンス、プルーヴェ、ペリアンの資料を見せていただいて、貸してまでくれた。「わかってるわね。返さなかったらこうよ!」と首を掻っ切る仕草をされたけど。先日の授業で勃発した先生と生徒のブリジット・バルドー論争が再発し、ジョン・カサヴェテス=ジーナ・ローランズ論争に発展(いや、私は参加していませんが)。論議しても最後はお互いを認めて仲良くなるのがすごいと思う。
猛暑続きのおかげで帰ってダウン。エアコンつけようよ……。

6/30
フラ語。フランス人はニックネームで人を呼ばないって話になり、日本人は子供に数字をつけて呼ぶんだっていう話に。そういえば一郎、二郎、三郎っておかしな習慣だよな……。