ベルリンも5日目。ポツダム広場を中心に博物館を回る。 最初は版画・素描美術館(kupferstichkabinett)。見た目的にはモロに町田国際版画美術館。版画による「アルカディア―紙上の楽園」の展示。例によって1914年100周年の企画で、黄金時代の終焉というつながりだが話は15世紀から17世紀イタリア。アダムとイブ、ダンテの神曲、タイムレス=楽園。昨年はシンケル展があり、数年前にはA. v. フンボルトに関係した絵画展があったらしい。見たかったなあ。しかし展示は想像以上にこじんまりで、早めに見終わってしまう。 隣の建物の「絵画館 gemäldegalerie」は中世キリスト教美術から始まってホルバイン、デューラー、クラナッハ、ファン・アイク、ルーベンス、レンブラント、フェルメール、地獄ブリューゲルと花ブリューゲル、ヤン・ステーン、パニーニ、ボッティチェリ、あまり馴染みが無いが良かったものにアーニョロ・ブロンズィーノ、シャルル・メラン、カナレットなど。だんだん麻痺してくるがこういう錚々たる顔ぶれの作品を比べながら見られる機会はこちらに来ないかぎりは訪れない。フェルメールだけをとってみても、誰の頭にも邪魔されず独り占めして見られるなんて日本ではありえないからなあ。ヨーロッパの人々はone of themとして見てるのに、日本だとスターとしてしか見られない。別に洋行帰り気取るわけではないけど、フェルメール展とかレンブラント展を上野の人ごみで見るのは馬鹿馬鹿しくて行ってられない。 食堂で昼食をとってたら数年前のピラネージ展のポスターに目が行く。これも見たかった!
朝、Oさむさんの薦めで骨董市に行ってみるが、本当にゴミしか売っていなくて退散。昼にペルガモン博物館に行こうとするが既に長蛇の列で、博物館島を見捨てて自然史博物館 Museum für Naturkundeに向かう。ベルリンに来た理由の一つがこの博物館で、アレクサンダー・フォン・フンボルトの遺したものを拝見かなえば、という気持ちだった。あわよくばその先のヒントも。 途中、ウンター・デン・リンデンでフンボルト大学の前を通る。門の外には言語学者の兄フンボルトと弟フンボルト(言わずもがな博物学者・地理学者)の石像、前庭には物理学者ヘルムホルツの石像と、割と新しめのマックス・プランク(量子論)の石像がある。中に入れないのがもどかしいが、私にしてみれば残り香をかげるだけでありがたい。歩いていると別の研究棟があり、フンボルト兄弟の横顔をあしらった大学のシンボルマークが描かれていて、このバッジがあったら買う、という確信を得る。 数十分歩くと自然史博物館に到着。ガイドブックにはブラキオサウルスの化石で有名としか書いていないが、確かにブラキオサウルスは凄い。フランスの古生物館にも無かった巨大な骨の立像が天井を突き破らんかの勢いで立っているのは圧巻である。事実、このために天井を拡張したとか。しかしここの凄さはそれに止まらない。ここはやはりフンボルト大先生の『コスモス』の思想を充分に受け継いでおり、生物学だけでなくこの地球、引いては宇宙がどのように形成されているか、ということが地質学、プレートテクトニクス、天文学、進化論、種の分類、鉱物学の観点から様々に語られ、つまり一つの体型としての「コスモス」を形成する様々な科学的アプローチが博物館の構造そのものとなっているのだ。そしてそれらの根底にあるフィジカルな博物学的探険を思うと、これらを成し遂げてきた人達の器の大きさを尊敬して止まないのである。まさに立体博物図譜。オブジェ版コスモスである。事実、博物図譜のページを実物にして壁一面に展開したかのようなメイン・ディスプレイがそれを物語っているし、何しろここは剥製や模型が凄い。鳥なら鳥を単に剥製にするだけじゃなく、ちゃんと生態を再現するように巣の作り方や産卵の仕方、そして高度別に住み分けていることを同じ木の中で視覚化しているのである。あの鳥類図譜の描き方そのものが立体として表現されているのだ。しかもこれがいちいち格好良い。剥製の作り方やそのアーカイブの仕方までご丁寧に説明してくれて、教育にも熱心。日本だって美大生がこれほどいるのだからここまでやれてもいいはずなのだけれど、そもそも科学的視覚化という認識が美術の領域として認識されていない。というか、これほどに科学のために視覚化を工夫すれば、美術としても素晴らしいものになる、という到達点が認識されていないのではないか。これは本当は視覚伝達デザインの分野のはず。ハーバート・バイヤーの『WORLD GEOGRAPHIC ATLAS』はこういう科学的視覚化の系譜の末端として位置づけられて然るべきもので、ただ単に「これが世界で一番美しいデザインだ」と呪文のように繰り返しつぶやけばいいものではないと思う。はっきり言って、一般に出回っているグラフィックデザインの歴史には科学的視覚化の概念が全く抜けている。単なる格好良さとか目新しさとか、自分を作家として売り出すことよりも大事なことがここにはあると思う。ただしこれでも2階以上は改装中で、ほとんど見られず。ガラス戸からは大量の標本キャビネットが垣間見え、改装が終わる日が待ち遠しい。ここに自由に入れるのだったら人生捧げてもいい、とちょっと思った。 いつも思うのだけれど、周りにいる生き物好き女子や古代の謎好き男子、音楽好きの諸兄や、数学と電気と野菜が好きなおじさんと一緒に来たらもっと楽しいだろうなあ。
ライプツィヒ滞在は正味1日しかないのであるが、レクラム文庫があることでも有名な書物の街ということで、印刷博物館と国立図書館のギャラリーに行くことにする。印刷博物館「Museum für Druckkunst」の「Druck」は印刷なので、印刷芸術博物館ということになるだろうか。とても良い言葉である。中央駅からは白エルスター川というチェコから流れる水系の川を越えて行くのだが、河岸は公園になっていてとても雰囲気が良い。 ここの印刷博物館は今までと毛色がまた全然違って、活版印刷機からモノタイプや写植まで大小さまざまな実機が展示している部屋で常時何人かの職人さんがウロウロしており、声をかけるとあれやこれや実演してくれるのである。活版ぐらいならよく見かける風景だが、母型からの活字の鋳造、ライノタイプによる鋳造にモノタイプのパンチカードへのセッティングと鋳造機の実演、Diatype(ダイアタイプとお読みすればよろしいのか)やモノタイプの写植機(モノフォト)など、ここに展示してあるもの全部動くんかい!と突っ込みたくなるぐらい豊富な機械を動かしてくれるのである。いやはや、美術が束になったってこの印刷イノベーション1台に敵わないんじゃないかと思ってしまう。ライノタイプが動いてるところなんて感動しちゃうよね……。銅版で刷られたグーテンベルクの肖像に「ハイル・グーテンベルク」って書かれているのには笑ってしまったけど。職人さん達も気さくで素敵だった。ドイツ語わからなくてごめんなさい。 そのあとアーティスト(志望)のOさむさんのリクエストでSpinnerei(シュピネライ)という旧紡績工場が現代アートの芸術家村として生まれ変わったという場所に。作品よりその辺の印刷工場より広い印刷工房が気になった。
もう夕方近かったが、一応行っておこうぐらいの気持ちでドイツ国立図書館へ。ドイツの国立図書館と呼ばれる場所はライプツィヒ、フランクフルト、ベルリンの3カ所にあって、一般的な国立図書館と違ってそもそも書籍商組合が立ち上げたライプツィヒの図書館が国立図書館となり、1913年以降のドイツの書物を全て集める納品図書館として機能。東西ドイツ分断後にフランクフルトに西ドイツの図書館ができ、またベルリンにも東ドイツの音楽図書館が出来て、それがドイツ統一時に国立図書館として合併したらしい。利用者カードを取ろうかとも思ったけれど、経緯が複雑でどこに何があるかイマイチわからないし、ウェブページの利用方法の説明もあまり詳細ではないのでよくわからず、フランスの国立図書館でこと足りそうなのでギャラリーに寄ってみるだけにした。 しかしこのギャラリーがまたなかなか凄い。Deutsches Buch- und Schriftmuseumはドイツ書物・文字博物館といったところなのだが、そこまでクリティカルではないもののちゃんとライティングスペースの歴史になっていて、マニュスクリプトからインキュナブラ、それにウィリアム・モリスやコブデン=サンダースン、ライプツィヒのDruck der Janus-Presse、ミュンヘンのBremer Presseなどのプライベート・プレスの数々、リシツキーやチヒョルト。嫌だなあ、こういうのを実物でさらっと常設展示しちゃうんだもんなあ。ユニークなのは第三帝国によって回収された図書のリストがあったり、アルファベット教育や図像教育の歴史のコーナーがあってそこにちゃんとノイラートの『社会と経済』が展示されていたり(偉い!)。特別展は1914年のライプツィヒ国際書籍業・印刷博覧会(Internationale Ausstellung für Buchgewerbe und Graphik どこかに訳の通例があるはずだが見あたらず)の100周年展示。出品物は今や目新しいものでもなくなっているけれど、どこもが第一次世界大戦の100年特集をやっている中でこれをやっているのはやはり意識が高い。