2022年5月

黄金週間はひたすら書類を書いていたが、最後の土日にヤケになって長野行きの新幹線に飛び乗る。ご開帳の善光寺を詣でた後、「日本三大車窓」と謂れる姨捨(おばすて)駅へ。棚田が有名で「田毎の月」として古くから歌に詠まれるほどの月の名所でもある。路傍に生えているペンペングサやヨモギなどを見ながら、子供の頃はこういうものが身近にあったよなあ、と懐かしむ。この辺りは「更級(更科)」という地名で、蕎麦屋の息子には非常に親しみのある名前であるが、実際に蕎麦の産地ではあるものの「更科蕎麦」の発祥の地ではないそう。むしろ「白い」というイメージのある「さらしな」という言葉から、実の中心だけを使った真っ白い蕎麦のことをそう呼ぶことになったようである。芭蕉の句碑や月見堂のある長楽寺には、既に平安時代にはそこにあったという巨大な岩があり、登ると周囲を見渡すことができる。「姨捨」という名前から連想されがちだが、高齢者を捨てたという事実はないし、『楢山節考』とも無関係だということが強調されていた。洒落た本屋で旅行中に読めもしない本を買い、帰京。

いつぶりかわからないが、映画館に赴く。セルゲイ・ロズニツァ監督『ドンバス』(2018年)。事実と解釈、ドキュメンタリーと演出との境目を揺さぶるシニカルな内容。結局これもいわゆる「虚構」でしかないことを最後のシーンは描き出す。事実と客観性の問題はどこの分野でもクリティカルな問題である。それにしても自国が内紛に晒されながら、ここまで冷静に物事を相対化できる監督の精神に恐れ入る。しかも大規模な観客の動員が見込める内容ではないだろうに、これだけの人や兵器を動かし、爆破シーンも織り込んでいる。相当なバジェットが必要だったと思うが、そういう意味でもタフな映画である。見逃したらしいスターリン国葬のフッテージから再構築した映画を見てみたい。

毎週金曜日は朝からウクライナ戦争とペットショップとジェンダーとドロップアウトについて考えた後、アップルパイの食感とケチャップアートの描き心地とアニサキスの人生について考える。きっと専任ってこういうことなのだろう。