夏休み

執筆、デザイン、事務、執筆、デザイン、事務。自分で立てたスケジュールの目処についていけない。これが歳というものなのか、単に疲れているだけなのか。これが終わったらゆっくりしたいなァ、と思っているうちに後期は容赦なくやってくるのだった。

ついにオリンピックというものが遂行される。遠いところでソファに腰掛けてTVを見ているやつと、その中間でポケットに金を入れるやつのためだけに、この一年半全てがうやむやにされ続けた。そもそも、同門だから、同郷だから、同国人だからという理由で赤の他人を応援する気持ちになんかならない。国が一緒だからという理由だけでチームを組む必要性も、現代には最早ない。H氏が「私はスポーツが好きだから、オリンピックは好きではない。」と言ったのにも肯ける。社会というものはかくも簡単に人を殺しうるという教訓だけが私には残った。ばかばかしい、と呟いてやりすごすべきものなのかもしれないが。

少しだけ映画を見始めた。

7月
ペキンパー『ダンディー少佐』。最初は南北戦争版『ダーティー・ダズン』か?と思わったが、規律正しい軍人がやがて狂気を孕み、自由意志に基づいて行動する人間へと変化していく様が、『地獄の黙示録』を思わせる、と言えば失礼か。やはりオリジナルの編集で見たかった。あと、南北戦争の戦闘ってあんなにクラシックなのね。

8月
ベネット・ミラー『マネーボール』。『カポーティ』も『フォックスキャッチャー』もそこまで好きではなかったけれど、請負い仕事で撮ったのであろう本作の方が私は好きだった。ありし日のフィリップ・シーモア・ホフマンが見られて嬉しい。

ヘルゲランド『42 世界を変えた男』。よくもまあこんなに憎たらしい白人俳優を集めたものだ。アメリカというところは恐ろしいところだな…。そういえば『ブラックパンサー』も『ジェームス・ブラウン 最高の魂を持つ男』も見たけど、チャドウィック・ボーズマンという人は、人に希望を与える顔をしているな、と思う。

ザイリアン『シビル・アクション』。ロバート・デュヴァル萌え。しかし、アメリカの裁判というものはこんなにもマネーが全てなのか。裁判の途中で出てくる小道具がやたらと凝っていたのが良かった。ザイリアンは年長者を出すのがうまい。

ザイリアン『オール・ザ・キングスメン』。南部というところは恐ろしいところだな…。

シェリダン『ローズの秘密の扉』。この邦題はないわ。

シェリダン『マイ・ブラザー』。疲れているときに見る映画じゃなかった…。

ジェイムズ・グレイ『アド・アストラ』。宇宙の果てまで親父を探しに行くだけ、というめちゃくちゃパーソナルな映画で、前作『ロストシティオブZ』でいなくなった親父を探しに行く息子の物語にも思える。アメリカ映画的には既に宇宙に住むことは当たり前で、そこでの生活や社会をどう描くかというフェーズなんだろうか。いやまあSFなんていくらでもあるのだけど、そこに凝っていた。年相応に見えるブラッド・ピットに初めて好感を持つ。意外とウィリアム・H・メイシーに似てるのね。

シャマラン『ヴィジット』。誰かシャマランにNOと言うやつはいないのか…。

イーストウッド『ハドソン川の奇跡』。イーストウッドを最後に見たのは多分『アメリカン・スナイパー』までで、やっぱり『インビクタス』ぐらいからもう自動運転モードに入っているというか、マルパソの職人たちが勝手に作っている感があったのだけれど、本作も、ああ、こんな画で大丈夫なのか、トム・ハンクスの顔もこんなので良いのか、と思っているうちに引き込まれてしまい、という手際は、なかなか真似できるものではないだろうな、と思う。原題は『サリー』というらしいが、最初の墜落シーンで「サリー」とつぶやいた副機長のさりげない言葉がだんだん生きてきて、それにつれてトム・ハンクスの顔もだんだん引き締まってほかでもない固有名詞になってくるところが、『父親たちの星条旗』と同様に、素晴らしい。流石に画面に力がなくなってきているとは思うけど、イーストウッドならではのものはあるな、と感じる。