六月

時間はないから短い映画でも、と思って見始めたマキノ正博の『血煙 高田の馬場』が堀部安兵衛の話で、昔から避けてきた『忠臣蔵』ものについに触れてしまった(タイトルからして明らかに忠臣蔵の話らしいが)。もちろん断片的な話は知っているし、パロディーならいくらでも見てきたけれども、時代劇好きにもかかわらず「日本人の心」とかそういうのが昔から苦手で、四十近くになるまで忠臣蔵に触れずに過ごしてしまった。とはいえ『血煙』は忠臣蔵以前の話なので単体で楽しめ、チャンバラはダンスとよく言うもののこれほど踊っているのもあるまいと思わされる素晴らしき阪妻の身のこなし。そして酔っぱらいの出てくる映画に駄作なし、という仮説が強固にされたのだが、間に『鞍馬天狗 角兵衛獅子』を挟んでついに本丸『忠臣蔵 天の巻・地の巻』。なんと1時間40分で松の廊下から吉良邸討ち入りまでやってしまうのだから相当な端折り方で、しかも千恵蔵やアラカンが二役で出てくるのだから忠臣蔵ビギナーには向いていないのかもしれないが、ところがこれが滅法面白くて、大石が江戸に下る道中で「立花左近」なる名を騙っていたのだが、なんと本物の立花左近と鉢合わせてしまい、どちらが本物かなどと問答する場面など非常に見ものであるし、何しろ浅野長矩の妻・瑤泉院演じる星玲子のこの世のものとも思えぬ美しさに恐れ入ったという次第。『忠臣蔵』として楽しんだかどうかはわからないが、何しろ30年代の日本映画、それもマキノで面白くないはずはない。それでもって調子に乗ってマキノ正博『弥次㐂夛道中記』。これがほとんど十返舎一九も関係ない無茶苦茶な換骨奪胎なのだけれども大傑作。いやはや、お見それいたしました。