3/4-7 ケルン

3/4(金)
朝、イタリア大使館前のイタリア系屋台でカプチーノとパニーニ(焼かないタイプ)を食べる。当然ながら英語通じず、つい発音しやすい物を頼んでしまう。街路にベルギーの地名がつけられた街区を通り、昨日教えてもらった König Books へ。芸術書専門の本屋で、日本で言う4階まであり、かなりニッチな本まで揃っている。フランスにこういう本屋がなかなか無いからか、我々の趣味がドイツびいきだからか、久しぶりの良い本屋に出会った喜びでそのままそこで2、3時間過ごしてしまう。もはや英語よりも次はドイツ語を学ぶべきではないかと思う。アルプ、ゾフィー・トイバー=アルプ、FHK Henrion、ケルンの建築家、それに『köln progressiv』と題されたアルンツとザイベルト、Hoerle(ホーレ?)についての展覧会図録など。しかしスイスの時も思ったが、モダニズムの牽引者たちがここまでスター扱いだとちょっと引く。まるで地域の名士のように扱われている。日本で数少ない資料や作品からまるで秘密結社に属した自分だけのもののように学んだ経験が邪魔しているのかもしれないが。それにしてもここはパラダイスであった。妻は「私はここで破産できる」と豪語していた。
近くのカフェで久しぶりのフィルター・コーヒーを飲んだ後、ペーター・ズントー設計のコロンバ美術館へ。レンガの外壁、石灰岩の床など素材へのこだわりは素晴らしいが、やはりあの空間に宗教美術をあくまで美術品として展示するのはちょっと辛い。現代美術と並べるから尚更それが際立つ。それを言っちゃあおしまいよ、かもしれないが。いかにクリュニーが恵まれた環境であるかがわかる。
ベタにカリーヴルストを食べて、MAKK と呼ばれる応用芸術美術館へ。ここが思いのほか良く、中世の家具・食器からビーダーマイヤー、ユーゲントシュティール、ウィーン分離派、それに現在に至るまでのデザイン作品が並べられている。しかし途中で時間切れで追い出されてしまう。もっとここに時間を割ければよかったが、どこも良かったので致し方無し。
ドムを見た後、本屋の前でAと合流してファラフェルを食べに行く。安い。美味い。

3/5(土)
朝、Schnütgen Museum という教会の美術館を見に行く。建物自体はさほど美しくないが、宗教美術の展示品は非常に良かった。腐敗した人体を小箱に収めたメメント・モリ。後頭部が開けられるようになっていて、中に聖書の場面が彫り込まれている数珠状につながった頭蓋骨。切り取られた額から上の部分を右手に持つ聖ディオニュシウス。牛骨で作られた筆記道具箱。
ドムの真横に作られたローマ=ゲルマン人の博物館を見て、Aと合流。ケーキ屋で遅めの昼食をとって、川の反対側にあるAのアトリエを見せてもらうことに。行き際、戦後のケルンの住宅をいくつも見かけるが、押し並べて酷い。Aも言っていたが、どうしてこんなに酷い見た目になるのか。
トラムを降り、川沿いの散歩道を歩く。最近まで公園になっていたところが再開発の対象となり、いかにもな川沿い住宅が建てられていた。工場地帯の一角にある彼女のアトリエは、我々にとっては十分に広く、こういう天井が広くてアトリエとして使える建物は日本に少ないことを思うと非常に羨ましい。日本の住宅事情を話すと「だから日本からヨーロッパに来て美術をやる人が多いのね」と言っていたが、特に西ドイツは日本人が一際多いのだろう。どこか「日本人多すぎ」というニュアンスを含んでいたように思える。そもそも「美術」という概念を輸入した日本人が、西洋の概念にそのまま乗っかって美術をやることに対しては考えさせられるところが多い。彼女の家の近くに日本の図書館があり、ヒロシマ=ナガサキ公園や東洋美術館があったりすることは、やはり非常に奇妙である。帝国主義を模倣し西洋に追いつこうとした日本人は、もはや西洋と東洋の間で宙づりになったまま、奇妙な変異を遂げている。ヨーロッパにおいて西洋人の仲間に入れてもらいながら、アメリカ帝国主義の悪口を聞く権利も与えられる日本人。それは特権か、否か。
夜、連れて行ってもらったブラウハウスが満員で、代案として提案された「社会主義レストラン」。到着してみると、ギャルソン風のレーニン像がお出迎え。店内は真っ赤で壁にはレーニンの肖像やロシア・アヴァンギャルドのモチーフが随所に散りばめられている。もちろんメニューの名前も革命色一色で、一番笑ったのがサーブされた皿とナプキンとカトラリー。三角に折られた赤いナプキンが星型に重ねられ、そこに縦に三本、カトラリーが並べられている。肝心の食事(でかい餃子のプラムソース添え)は意外に美味く、3人で無心で頬張る。

3/6(日)
小雨降る中、朝からRolandseckという駅にあるアルプ美術館へ。今回のケルン行きの目的は、彼女がここのグループ展に参加しているからだ。ケルンから40分ほど南に下り、ライン河沿いにある小さな駅を降りるとそこはまるで山の辺。矢印通りにぐるっと回るとあっけないほどすぐに美術館にたどり着いた。なんでも旧駅舎を改装して美術館化し、さらに新しい建物を山の中腹に立てたらしい。アルプ財団はフランス(パリ)、ドイツ、スイスの3箇所にあるらしいが、こんなに金持ちだとは知らなかった。アルプといえば『ダダと構成主義』展のカタログで扱われているのを見たのが最初。こんなに偉大な芸術家として知られているとは。
しかしアルプのコレクションの常設展は今回見られず、「ダダ創世記」と題したダダの特別展がやっていたのだが、これがパラパラとした展示物の間をダイアグラム風味のグラフィックで埋めた代物で、いくつか本物が見られたのはいいものの、ちょっと残念な内容だった。でも今回はこれが目的ではないので良い。
「タツノオトシゴとトビウオ」と題された地下のグループ展。彼女の作品はユーモアに溢れ、際立っていた。
帰り、ボンで降り、ポム・ドナーと言うフリットにケバブを載せたものを食べながら、雪降る空を恨む。まあ私の仕業だからしょうがないのだが。それから  Arithmeum という名前の数学美術館へ。計算機械、コンピューターの歴史を実際に稼働するブツを触りながら体験できるという信じられないぐらい素晴らしい場所。美術館、というのは壁にモダニストのコンポジションやコンピューターを使った作品が飾られている為である。計算プロセスと計算結果を印字する機械。見惚れる。
ケルンに帰り、西駅近くの店でケルシュビール、ピルス、ヴァイツェンを飲む。うまい。帰りにケバブ屋に寄ると、とても丁寧な手つきで肉を切り、誇り高い仕草で提供してくれた。雑に機械で肉を削ぎ取り、適当に提供する他国のケバブ屋とは少し違った。

3/7(月)
最終日。することと言えば本屋である。朝からクラカウアーのホットドッグを食べて König Books に行き、欲しいものを買う。その後Aの仕事場である別の本屋に行く。隣に美大のある落ち着いた地域の本屋。美術書の店ではないので我々の帰る本はなかったが、トミー・ウンゲラーの本、デヴィッド・ボウイやロボットが表紙の「Du」という名のカルチャーマガジン、「Facebookはフランツ・カフカじゃない」という旨のトートバッグ。どこか彼女の選択眼を感じる。
彼女はヨガに行くとのことで、お茶をしてお別れ。しかし彼女は週末にパリに来る予定なので、全く寂しくはない。歩いて中央駅に向かい、最後のカリーヴルストとケルシュビールを飲み、タリスにて帰る。久しぶりのパリはへなちょこに見えた。