8月某日 巨人庭園

今日は朝食を食べる暇もない早い時間からアッシジを出発し、フィレンツェに移動した。もうここからはパリへの帰り道なので、フィレンツェはその経由地点にすぎない。数年前に行ったところであるし、とにかく観光客に揉まれるのが耐えられそうにないから、教会や美術館などは巡らない予定である。
予約したホテルはフィレンツェのS.M.N.駅と空港を繋ぐトラムのちょうど間にあるようで、最終日の空港移動に便利そうであった。チェックインを済ませて、さて何をしようかと考えて思い至ったのが、フィレンツェの北の方にある巨人の彫刻がある庭園(Villa Demidoff)である。非常にアクセスが悪そうだが、Google先生に聞くと、2本のバスを乗り継げば行けるらしい。便利すぎて何の旅情もないが、時間もないのでたまにはその便利さに負けてみる。
庭園はバスの終点であるPratolinoにある。途中でフィレンツェ市内からは飛び出し、車内に残されたのは、我々と現地人らしきおばさん一人だけであった。こんなところにまで来るアジア人もそうはいまい。物数寄万歳である。
バス停から庭園までは歩いて10分ぐらいで着く。イタリアの夏の太陽が燦々と照りつける中、庭園に入る。広大な敷地の中、ベルギーのアトミウムのようなエコ実験施設を過ぎると、蓮の花の咲き誇る池の向こうに髭の巨人「Colosso dell’Appennino」はいる。海底での長い眠りから覚めたかのように岩や植生と一体化した彼は、泉に水を吐き出すのであろう巨大な亀の頭を押さえつけている。それはアペニン山脈を象徴しているらしく、16世紀に彫刻家Giambolognaによって考案されたという。巨人の下にはグロッタがあるらしく、ぜひ入ってみたいと思う。
庭園の各所には多孔質の石灰石で作られた彫刻が置かれており、それが海を思わせる。同じく園内のグロッタには牡蠣やホタテの貝殻も埋め込まれており、まぐわいないし女性期の隠喩、すなわち生命が生まれる場所という意味合いが込められているのであろう。また、オリジナルのプランには巨大な水路が貫き、パースペクティブを提供していたようで、すでに水路は消失しているがその面影を見ることはできる。そもそもここはメディチ家の別荘の一つで、ボーボリ庭園やウフィッツィ宮で知られるブオンタレンティが設計したものらしいが、そのほとんどが後世に改修されてしまったらしい。イタリア人のこのような大胆さと、人を驚かせようという精神に私は惚れる。
夕方ホテルに帰るが、日曜かつバカンスという論理式の結果どこもやっておらず、少し歩いたピザ屋に行く。太ったおかみさんに「今立て込んでるから50分はかかる」と言われるが、他に選択肢もないので待つこととする。待っているとフードデリバリーやら電話で持ち帰り予約の客がひっきりなしにやってくる。ウディ・アレンを思わせる背の低い旦那さんは、注文を間違えてしまったために、ピザを焼いている太った息子とおかみさんに怒鳴られてしまい、店内は阿鼻叫喚の様相を呈する。居心地の悪さを感じながら無の境地で待っていると、30分ほどでピザを渡された。しかしホテルに帰って開けてみるとなぜかサラミが乗っていて、絶望に絶望を重ねる夜であった。

Teatro Puccini