10月某日 台湾旅行の余白に

旅行を時系列で語ることの限界を感じる。事実を追って書くべきなのか、あるいは回顧として書くべきなのか。一日を「現在」の連続として書くべきなのか、あるいは一日ないし旅全体が終わった地点を「現在」として「過去」をナレーションしていくべきなのか。「現在」を前者にとれば自ずと語りは長くならざるを得ないが、ここでの記述はそのような二つの思いを抱えたアンビバレントなものとして今後も続いていくような気がしてならない。ともかく、日記、特に旅日記は毎日のインプットの量をこなしていくだけのアウトプットの速度が求められるので、不完全な記述があって然るべきだし、誰のためのものでもないので、ダラダラ書いても良いのである。では公開するなよ、と思う方々に対しては、公開でもしないと続かないのだよ、と強く抗議しておきたい。
それはそうと、台湾に行って強く感じるのは「漢字」という視覚的な共通言語の貴重さである。何を今更、と思われるだろうが、台湾に繁体字が残っているおかげで日本人にもある程度の意味を想定できるし、大陸の中国人にとってもそうであろう。簡体字もコツさえ掴めば読めなくはないが、あれは本来の形とかけ離れてしまっていて、ひどくドメスティックな感覚を覚える。「漢字というものが中国の発展を阻害している」という論調を耳にするが、過去から現在まで同じ字体を使い、国を超えて意味が(少なくとも視覚的には)ある程度理解できることは、不便さをもって上回るほどのメリットではないだろうか。西洋人が漢字に寄せる幻想を含んだ驚きと、そこに見出した普遍言語の夢を、今更ながら実感しつつある。
今回はとにかくエドワード・ヤン展を見るための旅であったので、想像の10倍もの収穫があった。この密度で学びを続けていたら身体が滅ぶのではないかと思えるほどに。生きた社会について歴史的なパースペクティブと現代的な社会生態学的視線を併せ持ち、さらにそれをたった2、3時間という長さの中で視覚的に語るための知見と技術を持ちつつ、ある程度経済的に破綻しないような開かれた作品として世に問うていくなどという高度な芸当ができる、映画監督という人間たち。彼の言う「儒教社会」がどのようなものなのかはまだ私には実感できないし、西洋と東洋が、あるいは東洋の中であっても「分かり合える」と断言できるほどの人間讃歌をまだ私は自分の中に持っていないけれども、彼が生涯を通じて成し遂げようとしたことを考え続けることが、しばらくの課題だなと思った。
台湾にまた来たいかと問われれば首肯するが、すぐにかと問われれば、少し待って欲しいと答える。W君のような前のめりの熱情をもはや持つことのできない私は、次こそはよく準備して来たいものだと思いながら、また性懲りも無く何の準備も無しに来るのだろうという諦念も併せ持っている。少なくとも胃袋は「行きたい」と言っているから、そう遠くない未来に再訪するのであろう。ともかくも、大学という現実を中断して、長時間の鉄道旅行という贅沢を楽しめたのだから、幸福な5日間であった。