8月某日 不在のジュネーヴ

朝5時のRERに乗ってGare de Lyonに行き、6時発のTGV Lyriaでジュネーヴに向かう。Cité universitaireの駅が開く瞬間を初めて見た。
本当はリヨン経由でそこからローヌ川沿いに渓谷を進む路線が好きなのだが、今回はBourg en Bresse経由の路線で、あまり川は見えない。代わりに別の段丘を見ることができた。向かいに座っている猫と一緒に旅行をしている女性はBourg en Bresseで降り、その後にやたらとうるさいスイス・アルマンドの家族が乗ってきて、顔を顰めているうちにジュネーヴに着いた。
ダメ元でホテルに行ってみるともうチェックインできるとのことで、決して広くはないが川の見える綺麗な部屋に通してくれた。相場からすれば安いホテルだが、トラムも見えるし人に勧めたいところである。フロントには友人が最近出したニコラ・ブーヴィエについての本が届いていて、ありがたく拝受する。私にとってジュネーヴは特別な街だ。
スイスの物価は毎回高いと思ってはいても、月日が経つうちにその印象は少しずつ弱まっていつしか良い思い出となり、再びスイスに足を踏み入れた途端に現実が想像を打ち壊す。早くこの国を出ないと破産する、という焦燥感が向こう一週間ついて回ることとなる。
ジュネーヴに来るのはこれで三度目だが、毎回朝から晩まで研究に明け暮れるので、これまで碌に街を歩く余裕がなかった。今回も調査をしたり友人に会うのが目的だったが、司書はバカンスでいないし、友人もアルプスの方に行ってしまったりで、はっきりいうと無駄足である。しかし開き直れば初めて余裕を持ってジュネーヴを楽しむことができるということなので、頭を切り替えて羽根を伸ばすこととする。観光といっても、デザイン科の人間にとって最たる観光は本屋巡りにほかならない。以下、備忘録的に書いておく。

– Librairie Fahrenheit 451(定休日)
アナーキズムの本を中心とした本屋らしい。明日にでも来てみよう。

– Librairie l’exemplaire
美術系の古書店。nrfの特装本、ブルトンの毎ページ判型が変わる本や、ブーヴィエの『Comment va l’écriture ce matin?』という肉筆の原稿を抜粋した本、ミショー、ミロ/シャガールの雑誌「Verve」など。オラス=ベネディクト・ドゥ・ソシュールの『アルプス旅行記』があり興奮したが、9,500 CHF(160万円) だった。

– Illibrairie
以前訪ねたことのある旅行記の品揃えの良い本屋で、ルクリュの『新普遍地理学』やオネジム・ルクリュの『Géographie : La Terre à vol d’oiseau』のあったところだが、今回「アトラスはないですか」と聞いたら、いきなりオルテリウスの小型本(8,500 CHF=140万円)なんかを出されて面食らう。他にA. Vuilleminの絡んだ『Atlas-Migeon』(2巻本)を見せてくれたが買えず。なんでこういう店名なんだろう(フランス語で「本屋は」「librairie」なのだが、それに「il」がついている)と思っていたら、ショップカードにオーナーの名前が「Illi」さんだと書いてあった。

– Julien(定休日)
以前来た時は割と気軽に買える本屋だったが、休みだった。

– le Rameau d’Or(閉店)
以前訪問してhéros limiteの本を買い求めた場所だが、店内の棚という棚が空になっていた。ウェブサイトを訪ねると最後の挨拶が長々と書かれており、胸を突いた。

– Librairie Delphica
占星術やタロットのコーナーがある。

– La Trocante – Nicolas Barone(夏季休暇)
友人の勧めで訪問しようとした。スクワットみたいな建物に「← 古本」とだけ書いてある目印を頼りに入っていくと、ジャングルみたいなところにまた「← 古本」と書いてある。しかしそちらに行ってみてもキャンプファイヤーをするような施設だけがあり、本屋らしきものはない。電話をし続ける女の子の前を何周も通り過ぎながら探すが、全く見つからない。諦めた頃に見つけたのは、その施設の隣にあるグラフィティだらけの建物に貼られた、小さな名刺。近寄って見てみると「古本 Nicolas Barone」と書いてあった。しかし7日から14日まで夏季休暇とのこと。夏にヨーロッパに来るべきではない。

– Bouquinerie La Grotte aux Fées
全てを諦めてGoogle Mapsの示すままに向かった古本屋だが、古い子供向けのSFや推理小説などがずらっと揃った店で、白鬚のおじいさんが優しく説明してくれる。Maraboutというベルギーの出版社の本がよく揃っていて、冊子を作る際に端切れになる部分をもう一冊の本(「Marabout Flash」)にしてしまい、おまけとして売っていたそうだ。本当に妖精が出てきそうな、おじいさんの楽園だった。
それにしてもスイスは動植物や山についての本が多い。造本も美しく、自然愛が伝わってくる。色々後ろ髪を引かれたが、植物辞典を一冊買って店を後にする。

本屋の他にも街中を歩き回ったので、ホテルに戻る頃にはヘトヘトであった。街の中央に湖があり、至る所に泉が湧いて、縦横無尽にトラムが走る。美しい街である。物価さえ高くなければいつまでもいられるのであるが。

ポスターが街頭に貼ってあるところがスイスらしい。フランスの巨大な塔状のポスター貼りとはまた違う。

サン・ピエール大聖堂。右手にあるのはマキャベ礼拝堂。

15世紀の聖職者席。

座席下の浮き彫りが興味深い。

マキャベ礼拝堂。フランボワイヤン・ゴシックの走りだという。

ベルヴェデール

ここが古本屋らしい

旅行者用マヨネーズ