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「水曜どうでしょう」の藤村ディレクターが同じ高校だという驚くべき事実を発見した。尊敬します、先輩。
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「水曜どうでしょう」の藤村ディレクターが同じ高校だという驚くべき事実を発見した。尊敬します、先輩。
昼に芝浦に行ってそのまま泊まって次の日の夜に家に帰るか、ムサビで仕事した後芝浦に行って終電で家に帰ってまた翌朝学校、というパターンを結構な頻度で繰り返している。ある意味ノイ展の時より非道い生活だが、あちこちで仕事をしたり電車でレイアウト進めたりするのはどこか現代人っぽくて嫌いではない(幻覚)。本当はムサビの卒展についてあれこれ書きたいところだが、なかなか時間が許してくれないし、それほどたいした文章を思いついているわけでもないのでやめておくが、「こんなに面白い世界に僕はいたのだよな」、という年に一回の目覚まし時計が再び鳴ったことに喜びを覚えるし、勉強不足への反省と、皆々の才能への感服が今の私のエンジンとなっていることは記しても罪はなかろう。「賞」を貰った人たちは何もそれを疑うべきではないし素直に喜ぶべきだろうが、私もそうであったように学生たちは評価を求めてやっていたのではなく、自分自身と社会との間で発生するモヤモヤに、あのゲルト・アルンツの「ストライキ」の拳のシンボルのように鉄拳制裁をするためにやっていたはずなのであるから、そのプロセスに自分がどれだけ真剣に対峙できたか、ということが唯一の評価の基準であろうと思う。そのモヤモヤに決着がついたかどうかは必ずしも問題ではない。モヤモヤの大きさも人それぞれであるし、モヤモヤは本質的には消え得ないと私は今までの人生の中で感じている。ただ、自分が成長していく中で、その内なるモヤモヤに対して「こうなのではないか?」というクエスチョンマークを打ち出しつづけることのみが有効なのではないだろうか。私の記憶では、卒業制作は最初かつ特大のクエスチョンマークであり、自分の出発点をいつでも実感できるクエスチョンマークである。
何はともあれ、皆さん愛しています。
午前二時の視デ研より
どんな嫌なことがあっても腐らないところが自分の唯一の長所だと思う。
センスの悪さと足の遅さは敵だと思う。
あれこれたまってるけど、明日からムサビの卒展なので楽しもうと思います。
結局私は、誠実で真剣な人が好きです。
某誌の編集作業。
5日連続シバウリング。
椅子を3つつなげて寝るコツを覚えてきた。
ムサビに戻れば卒制搬入の見届け。
ちょりーす
今日は割と身内受け
坂本A、もといチャーリーとチョコレート工場について
一回目(劇場): それなりに笑った
二回目(航空機内): それなり。
三回目(同、航空機内): ウンパルンパがくどい。
四回目(同、航空機内。他に見るものがなくなったので。): もういい。
五回目(今日、酔っぱらいながら、見たり見なかったりで、TVの吹き替えにて): 上質のB級映画ではなかろうか。ジョニー・デップがいまいち役柄をはずしているような気がする(吹き替えの方がいい気がする)が、あの子役のチョイスのシニシズムといい、馬鹿馬鹿しいカット割りといい、タランティーノを見るような気持ちで見れば笑える。
でもこんなに何回も見る機会のある映画は他にない。
ムサビでの日常業務では、それなりに問題も起こるし、学生・職員との衝突も起きるが、そんなことでいちいち気分を上下させていてはもったいないので、いつも自分にこんなことは些事だ些事だと言い聞かせながらやっているが、今週は合同講評会・展示会、学校全体の決算、特別授業の準備やらで、いつにも増してストレッサーがやってきたので、ユリイカの「ジョジョ特集」なぞ見ながら「ジョジョ立ち」のひとつやふたつを修得し、身の回りに披露しつつ笑いながら乗り切った。まわりは卒業制作ムードが(ようやく)漂ってきて、緊張感・やけくそ感・どうしよう感・金かかっちゃってしょうがないよ感など様々だが、12月にようやくプログラムを決めたワタクシにとっては「もうやるしかないっしょ」と言うほかない。そんな中、最近卒制でMacにかかりっきりでこのブログを作業の合間に見ていると言うK女史(だからそれなりに更新の頻度をあげているのだ!)が、「大田さん、私、卒業旅行にチベットに行きますよ。(いいでしょ、うらやましいでしょ、このビヂグソが!(妄想))」と申告してきて、さらに「ラサからネパールを通ってインドに抜けたいんです」なんてダイタンなことをぬかし賜い、そんなこと可能か?と半信半疑になりつつ、これは負けていられない、どうせ具体的に料金など調べてはいまい!と対抗心(≒羨望と嫉妬)を燃やす。しっかしワタクスの目的は、ポタラ宮やらなんやらという終着地・ラサのスポットではなく、ウマやらロバやらヤクやら乗ることでもなく、あくまで大量の中国人・チベット人にまみれる中で見つめることのできる彼らの日常(現在)あるいは自らの現在と、その列車から見つめうる「車窓」なのだ!荒野なのだ!山脈なのだ!あるいは食堂車なのだ!この高尚さは22、3歳の婦女子にはなかなかわかるまい!WRYYYYYY!とはいいつつほんとにうらやましいので、私も具体的なプランを考えます。
あけましておめでとうございます。旧年中、私とお関わりになった方、本年も私の戯れ言にお付き合いいただけると幸いでございます。
思い返せば昨年の一月はまだ修論と取っ組み合っている最中だったとは少々驚きですが、その延長でノイラート展という大きなプロジェクトに関わらせていただいて、心身ともにひとつ成長したと思います。また、その意味で昨年は研究&発表の年、達成の年でありましたが、今年はおそらく大いに現在と関わる「実践」の年、挑戦の年になるかと思います。自分の限界を定めずに120%でやっていきたいと思いますので、ひとつよろしくお願いいたします。
雑記
年末はひどい風邪に参ったが、持ち直した後は芝浦の作業をしつつ、ペッキンパーのDVDだの「魅せられて」(ベルトルッチ)だの「バレエ・カンパニー」(アルトマン)だのを見たりし、27日に帰郷して29〜31日は実家の蕎麦屋の手伝いをしていた。いつもは洗い場を担当していて、怒濤のように返ってくる食器を捌くのに必死で一日が終わっていくまさに「戦場」なのだが、今年はいつもよりお客さんが少なかったからか、従業員が多かったからか、割と余裕のある釜場にもいたからか、そんなに大変には感じなかったが、翌日体中が軽い筋肉痛で驚いた。
年始はテレビだの(ナベアツ!)ゲームだの(「忍道 戒」!)パチンコだの(「アクエリオン」!)同窓会だの(友人の携帯が8年も変わっていない!まだJ–PHONE!)をやり、4日、帰京。下宿に戻ると実家の物理的な暖かさを思い出し、なぜ私はこんなにも寒くて、こんなにも狭い部屋に住まねばならないのか!あるいはこのような住環境を強制している現代の東京とは何なのだ!とやり場のない怒りに包まれる。しかし明日から学校(芝浦)に行かねばならぬので、そんなものはすぐに忘れる。
元旦に実家で日本酒を調子に乗って飲んでいたら、1年ぶりにリバース(マーライオン)。しかも初めて「記憶がない」という事態。何でも、紅白の録画を見ながら「千の風になって」を熱唱していたらしい。ほかにもあれこれめんどくさく奇妙なことをやったらしく、家族に迷惑をかけました。今年は酒に気をつけろ、というお告げでしょう。
今年も暮れですが、ずっとやってみたかったことをやります。
.....
.....いいんです、ペッキンパーが。
早くも来月に迫った卒制展ですが、そのパンフレットに載せる毎年恒例の研究室スタッフの言葉を書いてくれと言われ、100字という衝撃的な短さに四苦八苦しながらなんとか脱稿したのだが、ボツネタ20案を積み上げた挙げ句、最終的にちょっとぼやけた文章になってしまい、己の非力さに改めて苛立ちを覚えたが、そのボツネタのひとつに、小津の『お早よう』に出てくる子供たちと親の会話があった。テレビを買ってほしくてダダをこねている子供たちが父親役の笠智衆に「うるさい!お前たちは無駄口が多すぎる!」と言って怒られるのだが、その反論に「大人だって余計なこといってるじゃないか。コンチハ、オハヨウ、コンバンハ、イイオテンキデスネ、アアソーデスネ、アラ、ドチラヘ、チョットソコマデ、アアソーデスカ、そんなことどこ行くかわかるかイ。アアナルホド、ナルホド、何がナルホドだイ!」。どうもこの会話にコミュニケーションの本質がある気がしてならないと思い始めた僕は、さっそく『お早よう』のDVDを買って、来年はこのことを考え続けようと思っている次第であります。
昨今の涙腺ユルユル化現象は甚だしいものがあって、井口奈巳『人のセックスを笑うな』の予告編で土手を自転車で走っている女子を移動撮影で追っているショットが映るだけで涙腺がゆるみはじめ、そうした映画的感動ならまだしも、李相日『フラガール』においては、オッサンだらけの渋谷の名画座で嗚咽するという失態。このままでは涙腺がハスミ化してしまう。何らかの手を打たなければならない。関係ないけど『チャプター27』は悪くなかった。最初は編集が危うげだったが、ジャレッド・レトの一人芸にいつしか見せられていった。でもあのジョンはツイスト好きのオヤジぐらいにしか見えなかったぞ。『夜顔』は嘘としか思えない珍奇なレストランの一室で行われるミシェル・ピコリとビュル・オジェの老獪なダイアローグを、蝋燭と構図が演出する逸品。『犬猫』井口氏の『人のセックスを笑うな』は楽しみ。最近、小池栄子が気になって仕方がない。早く『接吻』が見たい。
話し方まで下村先生に瓜二つの近所の内科の爺さんの診断によれば、3週間前に引いた風邪がこじれにこじれたらしく、ここ5日ぐらい高熱と悪寒で臥している次第。彼の医師には風邪のタイポロジーができあがっているようで、「この風邪でそんな熱がでるのはおかしいよ。相当冷やしたんだろうね。」と言われた。おかげで仕事がたまりにたまっている。風邪にはMacBookの冷たさは沁みます。
そういえば、高熱が出たのは「アイアムレジェンド」見てる最中だった。無人のニューヨークが見たくて、ひょっとするとひょっとするかもしれないと思って見に行ったが、急に大きな音を出して怖がらせようとする割に、ブルース・ウィリスにしか見えないCG吸血鬼と、全然怖くない暗闇のシーンに、怒りと同時に熱がこみ上げてしまった。