4/24 ライプツィヒヘ

ライプツィヒへ移動する。ドイツでの最終目的地はベルリンなので、ついでと言っては悪いが途中で寄った形になる。明日1日しかないが、主に印刷、書籍関係を回るつもり。ふと気付けば東ドイツ。宿の周りが妙に寂れていて廃墟とスーパーしかない。そんな風景が皮肉なことにアメリカっぽい。

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カレーは我々を裏切らない。

4/23 シュトゥットガルト

フランクフルトまで来てみてヴァイセンホーフ・ジードルンクがどうしても気になったので、延泊して日帰りで来てみた。朝着いてまだ時間があったので州立絵画館 Staatsgalerie に行ってみたが、ここも良い美術館で、ドイツの中世キリスト教美術からフランドル、オランダ、ルネッサンス、バロック、ロココなどの中近世絵画が充実している上に、印象派やドイツ分離派、バーン・ジョーンズの部屋があったり、マティスの4点ものの彫刻、ピカソの家具を使った6人の女性の彫刻。それにそこまで数は多くないものの、シュレンマーのバウハウス以前の絵画と『トリアディック・バレエ』の衣装(!)。バウハウス講師陣の中ではちょっと奇人扱いされがちだけれど、シュレンマー見直した。カンディンスキーやグロッス、ファイニンガーにシーレのリトグラフなどもあり、複雑なモダニズムの地勢図がまさにここに。
中央駅のフードコートでグリーンカレーを食べて(割とうまい)、バスでKunstacademieまで行き、ヴァイセンホーフ・ジードルンクへ。ノイラートが関わったウィーンのジードルンク運動を調べていた時に、ウィーン工作連盟が中心となったウィーンのジードルンク(労働者向けの住宅)やカール・マルクス・ホーフ、ベルリンのブルーノ・タウトのブリッツ・ジードルンクやデッサウのグロピウスの実験住宅なんかを見て回ったが、一番有名なここには来なかった。それは色々な理由があってのことなのだけれど、やはり見ておかないといけないような気がしたので今回は来ることに。
コルビュジエ設計の家がミュージアムになっていて、中を見て回れるが、なんだかコルビュジエにしては造形的要素が何も無いというか、中を見てもあまり発見は無い。住宅不足を埋めることが目的であるので安価で量産できる工法がまずありきで、そこにそれぞれの新しい近代的「生活」の思想が組み込まれるはずであるが、しかしここまで何も無いのは、この規格化された純粋な住宅モデルの提示が全てであったのだろう。そのぶん家具の設計には工夫が見られたが。コルビュジエは3回しか足を運ばなかったというが(そもそも第一次大戦後のドイツで敵国建築家を呼ぶのに様々な苦労があったらしいが)、これをどう見るかは読み込みを必要とするので何も言えないけれども。その後、J.J.P.アウト、ミース、シャウロン、スタム、ベーレンス、ヨーゼフ・フランク、ヴィクトル・ブルジョワなどを外から見て回る。ウィーンのジードルンクにも出品しているフランクは、高層化に反対し庭付き平屋に固執した人物であり、ここの住戸もその思想に違わぬものであった。ジードルンク運動には、人口が増加した都市の中で我々ひとりひとりの生活がどうあるべきかという現代に通じるテーマが強く現れているので好きなのだ。

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新しい生活

4/22 グーテンベルク博物館

ネット環境が悪いので、軽いメモ。
乾燥からなのか、硬水が合わないのか、体にブツブツがいっぱいできてて、顔も耳も腫れている。とりあえず薬局で保湿クリームと非ステロイドの塗り薬をもらったけれども(「ここが痒い」とか「乾燥してる」とか言っただけで、お姉さんも判断材料が無さ過ぎて困ってた。ごめん)、根本的なことがわからないので色々試してみるしかない。

朝からマインツへ電車で向かい、グーテンベルク博物館へ。プランタン=モレトゥスとはかなり毛色が違い、そもそも多くの書物がドイツ語なので書体がまるっきり違うのはそれだけで面白いのだけれど、展示の主眼は活版印刷がいかに諸科学に貢献したか、引いては人類の知識の伝播や世界観の形成に果たした役割に重点を置いていて、かなり幅広い。もちろんグーテンベルクとアントン・コーベルガーやピーター・シェーファーの書物に主軸を置いているけれど、それ以外の工房の書物もあって、その辺は違うところか。グーテンベルクの42行聖書が最初からあんなクオリティを出してたとは知らず、書物を作るのにここまで頭をひねり、手間と時間を惜しまずに全力を注ぎ込むものなのかと頭が下がる思い。また調べなきゃいけないことが増えたので、またこちらが追いついたら折に触れて来てみたい場所だ。勝手ながら飯田橋のあそこがどうなるべきなのかと考えたり。母校に印刷と造本の歴史がわかる常設展があってもいいよな、とも。グーテンベルク印のビール、飲んでみたい。
ローマ時代の城壁(?)だった高台に登って街を一望したり、ライン川のほとりで佇んでみたりしてフランクフルトに帰る。ローマ時代のドイツについての博物館があったのだけれど、時間が合わなくて行けず。このあたりはローマ時代の面影が色濃く残っているらしい。昼食で食べたホワイトアスパラガスのスープが美味しかった。英語で「アスパラガス」が全く通じなくて「白くて細長いやつ」って言ったら「ソーセージね!」と言われて、困った。

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いい街だった。

4/21 フランクフルト3日目

今日は月曜日、かつイースター。美術館もデパートもスーパーもほとんど開いておらず、レストランも一部しか開いていない。しょうがなく、というか開いているところから選んで考古学博物館、シルン美術館、それと大聖堂にゲーテ博物館と回る。考古学博物館は、石器時代から始まるが主に古代ローマが中心で、かなり小ぢんまりとした展示だった。建物が昔の修道院で中庭式のロの字型なので空間としては外見程広くないらしい。写真は撮れなかったのだが、石器時代の集落が長屋みたいなもので、日本とかなり違うことに驚いたのと、古代ローマの柱などに刻まれた文字とほとんど変わらぬ書体を我々は未だに使っていることは凄いな、と実感する。日本人がヤマト王権、あるいは古代中国を顧みることと置き換えて類推してみるが、全く感覚が違うので無理だった。文字から見えてくることが思いのほか多くて、少ないながらもタイポグラフィーの知識があって良かった。もちろん帰ったら調べ直さなければならないことばかりだけど。
シルン美術館はなんだかよくわからないポップアート的な現代美術(素通り)と、モンマルトルの最も華やかだった時代を特集した絵画展。ロートレックやピカソ、ローランサンなんかが踊り子や娼婦をモチーフとした絵が並ぶ。ゲーテ博物館は、彼がローマへの強い執心を持っていたことが強く感じられた。帰ったら色々と読んでみよう。
帰り道、トラムでとある大学の前を通ったとき、大学を「大学」と言うのと「Univeristy」と言うのでは、全く知の総体に対する感覚が違うのだということをしみじみ思う(もとはラテン語だろうが)。今何も調べることが出来ないが、「University」という概念が出来た時から、知というのは確固とした一大建造物のようなものとして捉えられていたのだろうな。日本人としては曖昧模糊とした雲のようなものでしかない。それはそれで違いとして良いことなのだと思うけれども。
それにしても日焼けか乾燥かはたまた何かの花粉かわからないけれど顔がヒリヒリして腫れている。んー、外国に住むのは無理だなあ。昔はなんともなかったのにな!それとももう少ししたら細胞が入れ替わって順応するのだろうか。

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ゲーテの家にあった時計。

4/20 シュテーデル美術館

フランクフルト2日目。実は昨日からイースターというやつで、店が悉く休み。博物館系もそれがあるので日程調整が大変なのだが、とりあえず今日はカンを頼りにシュテーデル美術館に行くことにする。
ところが、これが本当に凄かった。僕の見てきた美術館の中で、収蔵品の購入と選別、そして展示の編集としては最高の場所ではないだろうか(そんなに誇れる程見ているわけではないが)。特に、これまで僕はアントワープからユトレヒトを通ってフランクフルトにやってきたわけだが、ここのコレクションは主にオランダ、ベルギー、そしてここドイツの絵画の地域的連関に主軸を置いているようで、まさに西洋美術史の数世紀が主題、媒体、技法、描き方、社会的状況などの観点から体感的にかつ地勢的に知ることができるのだ。
図像学的な意味で恐ろしく過剰に記号が密集した14世紀オランダの祭壇画が15世紀後半にドイツに入ってきた経緯、それが16世紀にホルバイン、クラナッハ、デューラー達の肖像画や風景画となり、アントワープの経済的繁栄の恩恵を得て起こったルーベンス、ヨルダーンス、ブリューゲル親子達を中心としたフランドル絵画の隆盛、レンブラントによるスペクタクルの導入とフェルメールを代表とした民衆的な風景画と室内画の発生、などなど。そうした編集がかなり綿密にキャプションから空間的配置に至るまで行き届いている。昔は祭壇画やキリスト教美術なんかまったくわからなかったけど、数を見てると段々面白くなってくるのが不思議。
そしてこれは単なるツーリストのロマンチシズムだけれど、パリで、そしてアントワープでずっと地理学の文献を見てきた後に、ここにあるフェルメール作品の題名はまさに『地理学者』。たまには運命論者になってもいい気がしてくる。気になるところというのは必ず無意識下でつながっていて、気軽に赴くべきなのだ。
18世紀までで既に4時間近く経っていたが、階下の近代美術のフロア、これもかなり良い並べ方と作品購入のチョイス。教科書に載らないような有名ではない作品がほとんどであるが、それでもこれが重要だと思わせるものを持っている。ただ集めているだけじゃなくて、そこにちゃんと選択眼がある。そしてさらりとアウグスト・ザンダーの写真を滑り込ませるセンス。企画展のエミール・ノルデ展も出品点数、編集共に非常に力が入っていて、刮目させられる。難癖をつけるならば動線が時系列ではないことだが、建物の性質上しょうがないことなのだろう。地下が現代美術っぽかったけれども、ちょっとこれ以上見られそうにないので失敬する。

夕方ようやくシュテーデルを見終わり、ちょっと休憩した後に映画博物館へ。なんとここでやっていたのがファスビンダーの企画展で、思わず水を得た魚のようにテンションが上がったが、展覧会自体は「ファスビンダーをテーマにした作品を作ったアーティストの作品」を中心としていて、タイトルは「ファスビンダー・ナウ」。ごめん、そういうの、本気で、要らない。いや誠意を持ってアングルとか切り返しとか照明の検証映像を作ってる人もいるのだけれど、そこに「アーティストとしての私」を出してくる人は、あなたの個展でやってください、としか言いたくない。というか映画の博物館展示ってやっぱり無理があるよね。まあスクリプトとかスナップ写真とかは見れて良かったけれども。常設展は映画装置の発明に関する展示と映画編集技法に関する展示。リュミエールやパテェ、メリエス等の映画初期の多様性に関する上映が楽しかった。

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4/19 フランクフルト、マチルダの丘

昨日はホテルのWi-Fi環境が悪くて更新できず。50Mb以上は有料ってなんだよ。前近代的すぎる。目を疑った。
朝方、ユトレヒトを出発し、ICEでフランクフルトに移動する。中央駅にて昨年末からベルリン在住のOさむさんと合流。痩せてるけど髪が伸びてて蛾次郎というより莫山先生の域に達してる。
軽く休憩してからRBでダルムシュタットに移動。ウィーン分離派のヨーゼフ・マリア・オルブリヒが中心になって築いた芸術家コロニーを見に行く。昔工作連盟や労働者住宅(ジードルンク)について調べていたとき行ってみたかったところの一つだったのだけれど、9年前の訪欧時には旅程的に叶わず。しかしその後ひょっこりとT田さんが行ってしまうという事態に嫉妬(「ひょっこり」はイメージです)。というか、今や『地球の歩き方』にすら載っているのですね。そんなに有名なんだ、ここ。
ダルムシュタットに着いて西口からバスに載ると、15分ぐらいで到着。もっと人里離れた田園地帯にあるイメージだったので、中央駅から地続きの街中にあることに驚き。光悦村とは全く違うのだな。ゲーテアヌムもそういうイメージだけれど。
結婚記念塔に登り、記念館を見て、コロニーをぐるっとまわる。分離派や工作連盟には思うところがあるが、うまく言葉にならないので書けない。ただ、今回来てみて、父としてのオットー・ヴァーグナーの影響はやはり強いのだということを感じた。ウィーン分離派、工作連盟、ユーゲントシュティール、もちろんアーツ・アンド・クラフツや表現主義があって初めてバウハウスやデ・スティルを取り上げるべきなのであり、膨大な物を見なければそうした不可分で漸進的な変化を総体として掴めないのだな、と思う。これは日本にいては到底不可能なことで、そういう意味では来て良かったなと思う。
夜はホテルに移動。ドイツに入って思うのは、いままでフランス、ベルギー、オランダと、美術館からスーパー、コンビニまでほとんどクレジット払いでやってこれたのに、ドイツは全然使えないのが困る。デビッドカードなら使えるらしいのだけれど、そんなの作る暇無かったし。あと、そこらじゅう小便臭い。

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4/18 リートフェルト

ユトレヒトに来た目的、それは9年前に来たとき見られなかったセントラール・ミュージアムのリートフェルト・コレクションを見ること。シュレーダー邸は見れたけど、移動の時間が迫っていたので後ろ髪引かれながら片手落ちにて失礼した記憶がある。思えば欧州は4回目で、それにしてもこんな可哀想な英語しかやりとりできない自分が哀れでならない。
折角だからということでシュレーダー邸も行くことにし、朝11時に予約。歩いて行けそうなので朝の散歩がてら早めに向かうことにする。いかにもオランダらしい建物が立ち並ぶ通りの真ん中に美しい並木道が走っていて、嫌みではない現代彫刻が点々と置いてあり、街に対する意識の高さを思い知らされる。30分ちょっと歩いてシュレーダー邸に着くと、まあ一種の楳◯かずお邸のような異質さがあるが、さすがにあれとこれとを一緒にしたくない。景観に対する意識の高さは一方で排他的で保守的な方向に走りがちで、周囲の冷ややかな目もあったかもしれないが、これを貫き通せたのはリートフェルト以上にシュレーダー夫人(未亡人)の理解と意志の賜物だろう(オーディオ・ガイドによれば、実際夫人の娘は幼少期に「私はあの風変わりな建物には住んでないよ」と友達に言っていたそうだ)。夫人の嫁ぎ先が名士だったなら尚更その意志は固かったのだろう。リートフェルトにとって初めての建築だったわけだし、名声でゴリ押しできたわけでもない。この家をこうさせたのはやはり夫人の意志が大きいのだ。エラスムス通りの土地が売りに出された時にそれを買ってリートフェルトに家を建てる機会を与えようとしたのも彼女だし、目の前に高速道路ができた時にリートフェルトが「この家はもはや意味をなさないから壊すべきだ」と言ったのに対し、それを残したのも彼女だ。施主だったこと以上に彼女の生き方に対する拘りを感じる。
9年前と変わっていたのは、まず隣の家がチケット・オフィスになっていたこと。そして内観が撮影禁止になり(昔は確か撮影できた)、確か前はミュージアムからのバスツアーになっていたが、今回は現地集合でオーディオ・ガイドつきの訪問になっていたことだ。そしてエラスムス通りのアパートにも入れない。門戸は広く開かれるようになったのだろうが、その分厳しくなった気がする。まあ私は9年前に見たからいいけど。ムッフッフ。値段はセントラール・ミュージアムとディック・ブルーナ・ハウス含めて € 14 なので良心的。
内観、もろもろ記憶を確認するように見たが、リートフェルトの工房にリシツキーとマルト・スタムと記念撮影した写真が置かれていたのが感動的だった。憎いことしますな。生活の要請を微笑ましいほどのデザイン・アイデアによって乗り越える。職人的知恵と空間思想を併せ持った「生きられた家」として非常に貴重な例だと思う(水木しげるが自宅改築マニアなのがなぜか思い起こされる)。本当は他の家も見られるべきだが、当然ながら所有者がいるので叶うべくも無い。
そして9年振りの雪辱を晴らすべく向かったセントラール・ミュージアム。別にリートフェルトが大々的に展示されていることを期待して行ったわけじゃないが(されていたら嬉しいけれど)、これが惨憺たる結果に。11世紀からマニエリスム、カラヴァッジオ主義者を経てモダニズムに至るまでのユトレヒト美術史の展示の床に、説明の為のポップなイラストを描くのはまだ許す。見ないから。しかしその中に突然21世紀のインスパイア作品を放り込むのは如何とも許し難いし、とにかくその他の展示部屋の大部分を占める企画展の現代アートが諸々酷すぎる。もうこれじゃあ現代アートなんか技術も見る目も無いくせに芸術作品ぶった観念論者の手慰みにしか思えない。あなたのちっぽけな霊感とやらを信じる前に、あるいはその直感が何なのかを突き詰める為にこそ、他人の作品や論考を研究したらどうですか?世の中にはそうじゃない真摯な作品もあるはずだが、もう気分的には最悪。お前なんか才能無いんじゃ。モダニズムばっかり展示するわけにはいかないかもしれないけどちゃんとリートフェルトとドゥースブルフを恒久的に展示せいや!と言いたくなる(たった6畳程度の一室でモダニズムおしまい)。ツーリストの我が儘かもしれんが、これがあのドゥースブルフの分厚いカタログやリートフェルトのモノグラフを作った組織とは思えない。ちょっと信じられない。
許し難い気分で美術館を出て、ミッフィーちゃんでも見て心を鎮めようと思ったが当然の如くがきんちょが騒いでたので早々に退散。ブルーナさん、そういう気分じゃないんだ、ごめん。
明日はフランクフルトに移動する。

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Gerrit Rietveld at CIAM I (La Sarraz)

4/17 ユトレヒトへ。

朝方、保湿用のホホバオイル(Jojoba Oil)を買いに行って、ユトレヒトに移動。昨日は英語読みを見計らって「ジョジョバオイル」で通じたのに今日は通じず、「ああ、ヨヨバオイルね」と言われた。オランダ読みか?わからん。
タリスはやたらと高かったけど、今日のIC(InterCity)は安かった。ロッテルダム乗り換えで、2時間半ぐらいか。車窓はずーっと平たく、馬やら牛やらが通り過ぎる。電車の車両から駅の時刻表まで黄色くなっていて、ああ、これぞオランダだと得心する。
微妙な時間に着いたのでちょっと散策がてら洗濯へ。コインランドリーかと思いきや、おじさんがやってくれるパターンでギクシャクしてしまった。

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ついにケバブ無間地獄を脱出!インドネシア料理屋のおばちゃんの笑顔に癒される。この下に焼きそばが入ってて € 7。安い……。ん、でも千円か。もう日本円に換算すると悲しくなるからいつしか忘れ始めたな。7でこれだけボリューミーなら万々歳なのです。醤油系の味はやはり沁みる…….。

4/16 大聖堂、孤児院

昨日遅くまでSkypeしていたのと、今朝仕事をひとつ送らなければならなかったので出遅れ。昨日と同じパン屋で同じ物を食べ、昨日10分差ではじかれた大聖堂「Onze-Lieve-Vrouwekathedraal」へ向かう(読めないし訳せない)。尖塔は123mもあるそうで、いささか唐突な赴きがある。ステンドグラスや天井にはたくさんの紋章が埋め込まれているのが地方独特のものだろうか。デザイナーのはしくれとしてはそれらの意匠を見ているだけで楽しくなるような代物だ。地面には内容はよくわからないが文字が各所に刻まれていて(多分死んだ王様か教皇か何かの悼辞)、その文字を見ているだけでこれまた楽しい。スモールキャップスやオールドスタイル数字、合字やスワッシュの意匠は言うまでもなく、月を「8BER」「9BER」「XBER」なんて略したりしているのは初めて見た。ここはかの『フランダースの犬』のネロが最後にルーベンスの画を見に来て死ぬところだそうで、特に思い入れもないからいいのだけれど、当該のルーベンスの『聖母被昇天』は工事中エリアで見られず。しかし特に『フラ犬』(略してみた)をフィーチャーしているようにも見えず、多分あれをありがたがってるのは日本人だけ何じゃなかろうか。お土産屋に日本語で「パトラッシュはネロのたった一人の友達でした……」て書いたポスターがあったし、観光客も日本人が多かった。犬はさておきカテドラルとしてはかなり立派。
次に何を見ようかと思ったが目の前の市庁舎は日曜しか入れないとのことで、「1つだけミュージアムに行くならここ」と書いてある「MAS/Museum aan de Stroom」に行くことにする。MASへの道を適当に歩いていたら、なんだかがらんとしたガラスのショーウィンドウが並ぶ通りに出たのだけれど、やたら生々しいマネキンがいるなと思ったら人間だった。ふと見渡せば下着姿の女性だらけで、いつの間にか所謂ひとつの「飾り窓」に入り込んでいたらしく、アムステルダムのそれに比べたらやたら粗末な建物なのだけれど、とにかく目のやり場に困った。でも向こうが見せようとしているのだからいいか、と思って見てみたが、言っちゃ悪いがあんまり良いものでもなかった。何でこんな観光客が普通に通るところにあるのか不思議だが、港街に娼街ありということなのだろうか。真っ昼間からご苦労さんです。
MASはこの辺では珍しいあからさまな現代建築で、中で何の展示しているのかもよくわからず行ったが、アントワープの海港としての機能や街の歴史を展示しているのと、世界各国の「死と生」「権力の表象」をコレクションから展示しているのと4フロアに分かれていて、後者2つはなんでここで展示しているのかよくわからなかったけど、突然エジプトのミイラや江戸時代の死体の画(Morishigeって誰。ごめん。)なんかもあって時々驚く。この旅行は企画展の入れ替え時期になってることが多く、企画展フロアは閉鎖されていた。屋上からはアントワープの街が一望できる。
その後旧女子孤児院の博物館に向かうが、途中で寒いのと乾燥が酷くて体に寒冷蕁麻疹のようなものが出続けているので(これが結構ひどい)、保湿用の油を買おうと薬局に行くが、「今注文すれば明日の朝届く」というので注文することにする。ホテルはお願いだから加湿してほしい。
明日は移動する予定だがまだ行き先決まらず、週末はOさむさんと遂に合流するはずだがどこで合流することやら。

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孤児院の展示はこじいんまりしててなかなか良かった(いやほんとに)。

4/15 ルーベンス、プランタン、メルカトル

寒風吹きすさぶアントワープ。古都というイメージがあるが、それは一部のことで、泊まっているエリアはせいぜいここ5、60年ぐらいの建物だろう。街の中心は駅の反対側であり、こっちは何も無い。レストランすらなく、唯一近くにあるのが大手スーパー「DELHAIZE」とケバブ屋(出た!)という悲しいエリア。今朝も朝・昼食をどうしようかと歩き回っていたらビジネスセンターみたいなところにパンカフェがあったのでチョコパンとコーヒーで済ます(よく考えたら1000円ぐらいしてるけど見ないふり)。
駅で「シティ・カード」というお得な観光パスを買う。市内の美術館や教会のほとんどが1回だけ無料になるパスで、最初の施設の利用時から起算して24時間、48時間、72時間の3つの選択肢があり、私は48時間にした。昼から見始めれば2日後の昼まで見られるのは嬉しい。
それでガンガン回る気だったのだけれど、午前中はルーベンスの家で潰れ、午後は丸ごとプランタン・モレトゥスで潰れてしまった。ルーベンスはヨーロッパを回っていると本当にどこにでもあるし多くは弟子が描いているということなので価値が薄れてしまっているが、アントワープに来てみると、町中の教会や施設がルーベンスなしには成り立たなかったことがわかる。それほどルーベンスおよびルーベンス工房が社会的存在として重要だったことを考えれば、絵画的価値そのものを超えてルーベンスを評価することも可能だろう。父ブリューゲルやプランタンとの関わりから、アントワープにおけるある特異な時代が浮き上がってくる。
それで、プランタン・モレトゥス。もうこれが凄いったらなんの。まさにこの部屋で・こんな書物が・この活字によって・この印刷機で刷られた・しかもイラストレーションはこの銅版で・え、こっちは木版なの!?というのが全部実物でわかるわけですよ。そしてギャラモンやグランジョンの数少ないパンチが残ってる!もうアホになるんじゃないかってぐらいオリジンだらけで夢の国です。クリストフ・プランタンの作った書物の美しさと面白さといったら、過去の事例から勝手に「規則」を作り上げて「アレダメ」「コレダメ」のピラミッドを作り上げることがタイポグラフィーだと思ってる方々のご高説を頭から覆すような実験・工夫の数々。タイポグラフィーに興味の無い人こそ見て欲しいなあ。
しかも、し・か・もですよ。ここは印刷の歴史だけじゃなくてメルカトルやオルテリウス、フリシウスといった地理学・地図学の偉人達のホンモノのアトラスが見られるわけです(「アトラス」って最初に付けたのはメルカトルですよ!)。こんなの社会の教科書でも美術の教科書でも全く教えてくれなかったですからね。アントワープの土地を舞台にいろんな切り口で世界史が語れるというのに。ルネッサンス・フラマンド。ああ、胸のつかえが下りる。しかしオリジナルのギャラモンは美しいなあ……。ある部屋で流れてた当時の印刷を再現してる映像がなかなかケッサク。みんなコスプレしてやってるんだもの。どうしたって笑っちゃうよ。
まだ陽が高いのに17時になってしまい、周辺の教会やら何やらが閉まってしまったので、しょうがなくとぼとぼ帰ることに。日が沈むのは20時過ぎてから。この感じに全然慣れない。

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