近況

あまりブログを書かないと心配されるようなので少し書いてみよう。

夏以来映画を見ていない。今はそんなに見たくない。見始めたらリズムが崩れるのはわかっているのでそれも怖い。あのH實氏ですら博論の時はゴダールとジョン・フォードの新作以外見ていなかった、というのが思い起こされるが、単なる映画好きの自分と若き日の映画狂人を比べるほど傲慢ではない(しかし「ジョン・フォードの新作」という言葉の持つ特権的な響き!)。ジャック・ターナーとヴィスコンティのレトロスペクティヴを逃したことはわかっている。ジャン・ルーシュとクルーゾーのも終わってしまったし、マックス・オフュルスのそれも過ぎ去ろうとしている。次はサミュエル・フラーだ。しかし光を浴びたい欲求はあれども、シネマテークの上映技師にはたびたび殺意を覚えさせられるし、信頼できない上映環境のところに一か八かで出かけるのは非常に億劫だ。ピアノの調律されていないコンサートホールにどうやって出かけられるだろう。さらに絶望的なことにはそれに誰も腹を立てなくなっていることである。もう本当のシネフィルはここに来ていないのだろう。もしいたら上映技師をリンチにしているはずだ。フランスですらこうなのだから、日本の未来も近いうちこうなるのではと嘆息せざるをえない。

美術館にも行っていないし、家と図書館の往復以外ほとんどどこにも出かけたりしていないので本当に書くことがない。傍から見れば鬱だと思われてもしょうがないが本人は楽しい。そんな中、先日ジョニー・アリデイが死んだ。私にとっては香港のフィルム・ノワールに出てきた顔に含蓄のある謎の西洋人でしかなかったが、私が渡仏してから時折ゴシップ誌の広告に彼の病状が見出しで載せられていた。フランスでの知名度を全く知らなかった私は「そんなに有名なのか」と友人に聞いてみると(今思えばなんとも馬鹿げた質問だが)、最後の国民的なスターらしく、ミュージシャンとしては買えないが、俳優としてはスターでしかできないようなやり方で場の空気を掴んでしまう存在であり、人間としても素晴らしかったという。死んでから数日間はあらゆる新聞が彼の記事一色であり、シャンゼリゼ大通りで葬送のパレードが行われた。シルヴィ・ヴァルタンやナタリー・バイなどかつての妻や恋人が揃って参列したのもすごいが、青年時代からの友人だったジャック・デュトロンは「プロの泣き女たちとコンサートはしない」と言って出席しなかったというのも面白い(この話は伝聞で聞いただけなので情報源は知らないが)。

ブログらしく食生活について書けば、お粗末な我が家の食事の中で、唯一実験に成功したと言えるのは炊き込みご飯だろうか。夏の食卓を熱狂させたトマト、バジル、ナス、ズッキーニなどがなくなって根菜中心になる冬には(何せ毎日パスタでも困らなかったから)、あまり深く考える必要もなしに米と一緒に鍋に放り込んで炊くだけなのでかなり助かる(これは日本が世界に誇るべき料理なのではないかとすら思う)。お気に入りなのは(全く大したアイデアではないが)シャテーヌご飯である。シャテーヌは日本語で言えば栗としか言いようがないが、マロンとは違う。後者の殻の中には1個しか実が入っていないが、前者は3つほど入っていて、平ぺったい。これを栗ご飯にすると香りが立って、塩気の効いたお米と控えめの甘さが良いコントラストになって非常に美味しい。しかし季節が秋の一時期に限られているのと、剥くのに時間がかかったり、新鮮なものを買わないと苦労して剥いたところで虫食いやカビが結構な割合で見つかるなどなかなか愛好家泣かせである。ちなみに粉にしたものも売っていて、クレープ状にして中にチーズを挟んで食べたりする(トスカーナではリコッタだったがフランスでは山羊のチーズらしい。苦手)。日本には栗粉という文化はないのだろうか。どら焼きにしたら美味しそうだが。
次に成功したのはトピナンブールご飯。日本ではキクイモと呼ばれるキク科の塊茎で、土に埋めておくとずっと保存がきくので冬の定番野菜らしい。スイスの友人は折に触れて畑から取り出して食べていた。生だとサクサクしていてサラダとして食べたり、バターと一緒に食べたりするのがよくある食べ方だが、食べすぎると腹にくる。たわしで土を落として皮ごと炊き込みご飯にするといい加減にやわらかくなって美味しい(少しだけ里芋ご飯のようだが香味があるしモチっとはしていない)。よく砂が混じるのが玉に瑕。
サツマイモご飯も試したが、芋の種類が全然違うので甘さが控えめである。買ったのはエジプト産だが、皮の色が浅く、切ると真っ白で、真っ白い蜜が出てくる。梅干しと一緒に炊き込んだインゲンのご飯も美味しいが、冬はいいインゲンが手に入りづらい。最近試したのはネギご飯。美味しいけれども問題はネギを食べすぎることである。あと試していないのはセロリ、セロリの根(『悪魔くん』の家獣を思い起こさせる)、ブロッコリー、シューラーブ(カブカンラン。カブのようなブロッコリーのような)、パネー(見た目は白い人参だが香りが異常に強い)あたりだがこれらはちょっと米と炊くには勇気がいる。

ご飯といえば最近もち米が大好きになってしまい、ベトナム料理屋で何度もおかわりしてしまう。今、無性に赤飯が食べたい。日本で一度もやってみようと思わなかったのに。あのアメリカ産の怪しいもち米を試すべきか…。