10/15-10/30 ドルドーニュ以後

ようやく正式な滞在許可証をもらう。安堵と溜息。仮滞在許可証がA5サイズと大きかったため小さなバッグで出かけられなかったのが、今度はカードになりようやく身軽に外出できるようになった。あらゆる偽造防止技術のブリコラージュのようで、やたらとごちゃごちゃしたカードである。写真とは別の位置に亡霊のようにうっすらと自分の顔が印刷されていて怖い。
それから以前からのフランス語の先生であるBに個人授業をしてもらうことに。集団授業に少し退屈を感じ始めたので(語学レベルというよりも続々と来るアーティスト達が毎回同じようなところに行って同じようなことを言うため)思い切って頼んでみたらやってくれた。ずっとアングラにやっていてもいいのだが一応社会的な検定というものを受けることにして、以前より身も入る。しかしあの馬鹿げたロールプレイというやつだけはやりたくない。深刻な顔で応対するであろう審査官とどうやってごっこ遊びができるというのか。過去問を読んだら「あなたがよく授業に遅刻するので先生が怒っています。言い訳しなさい。」だって。うちの場合遅刻するのは先生なので、逆なら簡単です。
シネマテークでカール・Th・ドライヤー特集始まる。同時に日本映画特集と、その後にサタジット・レイ特集。ついに邂逅したいつも見かける日本人のおじさんと「仕事にならないですね」と苦笑する。今年はそんなこと言ってる場合ではないのだけれど、見ずに死ねるかという変な男気だけは持っているのでどうしようもない。年パス契約してしまったし。その後おじさんとは毎回のようにすれ違う。
以下、メモ。

ドライヤー『Vampyr / 吸血鬼』
傑作。茫洋とした湖畔に佇む大窯を持った男の後ろ姿。豹変する女の顔のクローズアップ。忘れられないイメージの連続。しかしなぜかラストで粉まみれになって死んでいく眼鏡の老人のシークエンスは知っている。どこかで見せられたのだろうか。

ドライヤー短編集
8本上映の予定がなんと上映技師が2本飛ばして上映。それに気づいたのはわずか数名であとは即帰宅。プログラムに載っていたメインビジュアルの作品が上映されていないのに気づかないのかよ。終了後残った数人で上映技師に詰め寄るが、全く気付いておらず、結局「他の観客みんな帰っちゃったからダメ」と言って残った2本を上映拒否。さすがのフランス人も怒っておりましたよ。ここの上映技師は字幕無しでかけたり、フィルム裏返しでかけたり、未然に防げそうなことをなんでやらかすかね。映画を愛しているとは思えない。

ドライヤー『Il était une fois / むかしむかし』
他愛ない王女王子の求婚話かと見せかけて、実は王様と従者の滑稽な身振りが見所の喜劇。ただ重要な部分が悉く欠落していたのが非常に残念。幻想的な風景もさることながら、王子に魔法のやかんを持ってくる謎の老人、ああいう人をどうやって見つけてくるのだろうか。ドライヤー映画の老人は皆素晴らしい。

ドライヤー『Le Maître du logis / あるじ』
「デンマーク最後の専制君主」である時計屋の一家の主が、その家族への暴虐ぶりが招いた種で、かつての乳母に躾け直されて全部自分でやれるようになるまでのコメディ。喜劇の才能もあったことを思い知らされる傑作。テーブルの傾きを直すのにその足の下に小さな木片を差し込む、それをやらせていたのが最後には自分でするようになる、というのが笑えた。

黒澤明『影武者』
甲冑映画。

フォード『La Dernière Fanfare / The Last Hurrah』
老市長最後の選挙戦。危なげない展開で9割がた押し切った後に落選。市民に愛される政治家というのがこの世界にいた、あるいはいたのかもしれないということを幻想させてくれるジョン・フォード映画。対立候補のインタビュー映像撮影シーンの皮肉っぷりに爆笑。しかし背景にアイソタイプが映っていたのに密かに興奮したのは私だけだろう。

溝口『Les Coquelicots / 虞美人草』
あまり出来が良くないという評判を目にしたが、少なくともイメージの点では戦後溝口より素晴らしいのではというぐらい厳格で作り込まれた絵。この時代の作品はほとんど見れていないなあ。

 

10/10-10/14 ドルドーニュ

フランス南西部のドルドーニュへ。目的は洞窟。本来は去年の秋行くはずだったが、ちょうどその時やけに忙しく金銭的な不安もあったため延期にした。この地域は車がないと移動するのが厳しく、本数の少ない電車とバスを駆使する必要があったのだが、インターネットの情報と駅で入手できる時刻表の情報が食い違っていて、ネット上の情報が信用できないこの国では駅の開いている時間に直接駅に出向いて駅員に聞いてみるまでわからず、結局は出たとこ勝負で行動するしかなかった。主要な鉄道路線の工事で運休区間があり、代替バスに乗るなど。こういうのにはすっかり慣れたが、果たして慣れるのがいいのかどうか……。友人によるとTGVの開通以降フランスの地方路線はかなりズタズタになってしまったとか。それもそうだしとりあえずフランス国鉄のデザインがロゴから車両の形から配色から発車ベルまで大嫌いなのだが、それにもいつの間にか慣れてしまったな……。
レゼジーではアブリ・ド・クロマニヨン、アブリ・パトー、コンバレル、フォン・ド・ゴーム、先史博物館を。サルラに移動して参加したガイドつきツアーではルフィニャック洞窟、ル・ロック・サン=クリストフ、ラスコーIIなどを見て回った。ラスコーIIはラスコー洞窟の精巧なコピーで、「数分後にはレプリカであることを忘れる」と言われたが、他の洞窟で感じたような印象を受けなかったのはそれがコピーの出来の問題なのか、あくまでも生きた洞窟ではないからか、それともアウラというべきものなのかはわからない。ただしコピーの出来はかなり良い。当時の考古学のレベルと職人・技師のレベルの高さをうかがわせる。近郊にコンクリート造りの現代建築めいたものが建設中で、何かと思ったら「ラスコーIV」だとのこと。「ラスコーIII」は東京で展示予定の移動式の展示で、ラスコーIIはオリジナルのラスコー洞窟のすぐそばに建てられたため、車の振動の問題を引き起こしていて、ラスコーIV開館と同時に閉鎖されるらしい。そのうち世界各地にディズニーランド的にラスコーV、ラスコーVIができるんじゃないか。とりあえずパリ近郊あたりに。
コンバレルとフォン・ド・ゴームは数人のグループに分かれて洞窟に入り、ガイドが手持ちのライトで線刻、線描による壁画を照らして解説してくれるシステム。夏には早朝から並ばないと当日券が取れないという。正直この2つが一番生々しくて印象的だった。トロッコに乗って見学するルフィニャック洞窟は巨大な洞窟自体に興奮させられるのだが、ここの展示パネルの中にどこかで知っているような名前を発見。「Leroi-Gourhan…..るろわ・ぐらん…….あんどれ・るろわ・ぐらん…..知ってる気がするけど誰だっけ…..」と思っていたが、ふと『身振りと言語』の著者の名前だということに気づく。読んでみればそうとしか読めないのだが、これに限らず日本語表記の著者名と原語の綴りがなかなかつながらず、その綴りと日本語表記がつながったときにハッとさせられることは多い。バルト= Barthes とか、ソシュール= Saussure とか、アングル= Ingres とか、日本語からは想像できない。ここでは2匹だけ止まっていた就寝中の蝙蝠を間近で観察することができた。
レゼジーの国立先史博物館は石器の豊富なバリエーション、その用途、およびその作り方に至るまで詳細に説明している素晴らしい場所。中でも石器作成方法の再現ビデオが、DVDが欲しくなる程良い(売ってなかったが)。入り口のセキュリティ・コントロールはパリより厳しい。
全ての洞窟が全く違う壁画のスタイルで、洞窟自体も独特であるので、今回行けなかったところには次の機会を作って行ってみたい。サルラの街も中世からの建物がよく保存されていてそれを見て回るのは面白かったが、現代の街として活力があるとは言えず、観光客向けの店ばかりで辛かった。
帰りの乗り換えでボルドーをぐるっと散歩し、Intercitéでパリに帰る。