2011年12月アーカイブ

えー、年の瀬ですが、私胃腸風邪を引きまして、昨日から下痢と嘔吐でございます。体内がずっと不穏な空気に満ちております。

みなさんよいお年を。
シカゴ美術館に朝イチで乗り込むためまた歩いてループに向かう。朝は途中で気になっていたダイナーに入る。玉子とマフィンのセットみたいなのを頼んだら玉子を3つぐらい使ったのが出てきてまたもやげんなりしたが味はうまかった。でももう肉も乳製品も玉子も要らない。連れは朝からポテトたっぷりのハンバーガーを食ってて、頭がおかしいんじゃないだろうか。
美術館に予定通り朝イチで入り、前情報をもとにぐいぐい進んでいきなりスーラの「グランドジャット島の休日」。いやあ、これは実物すごい!もう縁の処理が涙もの。印刷物で見てもやっぱりダメですね。実物大で本物見ないと何も見たことにならない。ここは印象派の部屋がかなり充実していて、モネもルノワールもピサロもスーラも充実している。見直したよ!(ルノワール以外)。エジプトのコレクションもすごくよい。ホッパーにも少し期待してたけど本物の感動はあまりなく、スティーグリッツ・サークルの次の部屋にあるサイ・トゥオンボリーの立体がひたすら緊張感を放っていた。チャールズ・シーラーの「The Artist Looks Nature」(1943)「Bucks Country Barn」(1940)は知らなかったのでかなり新鮮。トゥオンボリーの次の部屋のリベラ「Portrait of Marevna」(1915)にもしばし魅入ってしまった。後で思えば今回で一番良い美術館だった。「全て見るのには一日かかる」というのは全く過剰ではなく、昼飯も食わず本当に夕方近くまで見てしまうほど展示物の量が多いしそれに耐える展示の強度がある。月岡芳年の「月百姿」もある。近現代美術棟の方は流して見たが、突然コーネルのコレクションがあったりジョルジュ・ファントンゲルローのマッスのスタディーがあったり立ち止まって見てしまう。
昼夜飯は連れのたっての希望でディープ・ディッシュピザを食うが心底げんなり。ゴムみたいなチーズが厚さ1cmほどの層を作っている。最低な気分になり、会話もなくなってそのまま帰った。




味はいいけどカロリーがさ。。。




























































アメリカ旅行中の最低食ランキング1位。

午前中はシカゴ建築財団のバスツアーに参加する予定のため、昨日歩いた道を通ってループに向かう。朝飯にギロスを食ったが異常に肉がもりもりでサワークリームたっぷり。味は嫌いじゃないけど量が多すぎる。滅入ったので昼飯を抜くことを決意。
バスツアーは建築財団のショップ集合。胸にオレンジ色のシールを貼られ、時間になるとアテンダントのおばさんが来る。まずバスはルッカリー(バーナム設計)に向かい、フランク・ロイド・ライトがデザインしたインテリアを見学。その後はす向かいの190サウス・ラサール(John Burgee w. Philip Johnson)に入るが、なぜか工事中で追い出される。長いことガイドやってるけどこんなことは初めてだ、とおばさんは言う。ここはバーナムのルッカリーとメソニック・テンプルへのオマージュだったらしい。一行は再びバスに乗せられ、湖沿いを高層建築群を横目に見ながら南に走り、ハイドパークのシカゴ大キャンパスを通ってライトのロビー邸へ。ロビー邸は口から生まれてきたような姉ちゃんが凄い剣幕でガイドしてくれた。一階の異常に低い天井(多分2mぐらいしかない)と、開放感のある二階のコントラストが気持ちいいが、一階はさすがにアメリカ人的に低すぎるだろう。プレイリー・スタイルの象徴であるキャンチは築百年でたわんできていた。内装もほとんどはリプロダクションらしい。ものの10分でガイドは終わり、再びバスに乗せられて車内から色々見ながらイリノイ工科大学のミースのS.R.クラウン・ホールへ。内部は柱がたった2本ある以外は何も無く、これだけの広大な空間が間仕切りひとつないように処理されている。天井部の鉄骨が天井を吊る役目を果たしているらしく、なんとも嘘のような空間が実現している。中ではIITの建築学生が課題をやっているようでこの光景は見慣れていて妙に親近感が沸く。美大生は世界中どこに行っても同じだ。しかし課題をやっているところにわざわざインカム付けたガイドツアーが乗り込んでいって忍びない限り。ミースの建物の後はヘルムート・ヤーンの学生寮とレムのマコーミック・トリビューン・キャンパス・センターへ。レムのチューブは本物見るとかっこいい。しかしそうこうしているうちに雨が降ってきて、なぜか建物の中には入れなかった(段取り悪い!)のでバスに乗せられて車中から案内。ミースの他の建物も見れず。そのままバスはマグニフィセントマイルあたりの建築を回りながら財団に戻って終わり。
時刻は13時になっていたので、隣の喫茶店で休憩。シカゴ美術館は一日かかるそうなので今日は諦め、リバーノースに移動してニューベリー図書館へ行く。ものすごい数の地図のコレクションがあると書いてあったからだ。しかし開館情報では開館しているはずなのになぜか閉まっていて、門扉の前には途方に暮れている若者が3人いた。「ここのギャラリーに行きたいんだけど」って言ったら「ああ、僕たちもだけどなんで開いてないのかわからない」と言って諦めてどこかに行ってしまった。それにしても雨が本降りなので大きい傘を買いにマグニフィセント・マイルのモールに行く。しかしどこにも売っておらず、行くところも無いので最早ショッピングするしかなく、試しに入った靴屋で「10 half」と言ったらすんなり出てきた。さすがアメリカ!サイズがあるだけで僕のアメリカに対する心象は抜群に上がっている。「11」もすんなり出てきた。しかも円高&セール中で馬鹿安。特に悩まず買ってしまった。すばらしいよ、アメリカ。しかし日本は如何に搾取されてるかがよくわかるな。。。だって日本で2万以上する靴が5、6千円で売ってるんだから。もうこれから靴は通販することにする。
買い物したら雨が小振りになっていたので近所のビルを見ながら散歩してグリークタウンに帰り、再び同じギリシャ料理屋で食べる。オーナーっぽいママに「あら、あなたたち昨日も来たわよね?私の記憶がおかしくなっちゃったのかと思った」と言われた。今日は昨日の学習を踏まえて適量にイカタコサラダと白身魚を頼み、久しぶりにシーフードを食った嬉しさで幸せいっぱいであった。



ギロス。滅入った。




Harold Washington Public Library


Lukkery








190 South LaSalle


Robie House










シカゴ大Regenstein Library (Skidmore, Owings and Merrill)


同Joe and Rika Mansueto Library (Helmut Jahn)


Nuclear Energy


S. R. Crown Hall (Mies van der Rohe)






McCormick Tribune Campus Center (Rem Koolhaas)
























魚!!

米!!

この日は朝7:30の便でシカゴへ向かう為、3時頃起きだして身支度し、シャトルバスに乗せてもらう。デルタ航空のキオスクでセルフチェックインを済ませ、ソルトレイクシティ経由で夕方にはシカゴ・オヘア空港へ。青線でホテル近くのUIC-Halsted駅に降りる。ホテルの口コミに書いてあった通りまわりはグリーク・タウンで、看板には名物の「GYROS(ギロス)」の文字が踊っている。ホテルはこの旅で一番コストパフォーマンスが高く、眺めもまあまあよいし都心部のループエリアまで徒歩圏内だった。チェックインを済ませるともう日が暮れかけていたのでとりあえずループへ繰り出し、土地勘をつけるため散歩へ。街はクリスマスムード一色。というのもサンクスギビングからアメリカではクリスマス商戦が始まり、次の日は「ブラック・フライデー(黒字の金曜日)」と呼ばれるほど物が売れるらしい。どこもセールを行い、街頭ではストリート・ミュージシャンがクリスマス・ソングをアレンジして吹いている。シカゴの摩天楼はどれも特色があり建設密度も濃く、摩天楼建築の最先端だった時代やギャングスター時代の面影を色濃く感じられる。State St.まで行ってそれを北上し、川を渡ったマリーナ・シティあたりで引き返す。昼飯兼晩飯はギリシャ料理屋。グリーク・サラダは無駄にしょっぱい(しょっぱいチーズに塩漬けのオリーブ、それにアンチョビのフィレが丸ごと4つぐらい乗っている)けど生野菜が食えただけで嬉しい。頼み過ぎたのが反省点。
































航空券を取った時、LA滞在は正味3日に設定した。4日にするとどうしても満席で取れなかったからだ。しかし最大の誤算だったのはこの滞在3日目がサンクスギビング・デイに当たることで、チケット購入後わかったので後の祭りだったのだが、感覚的にはまあ勤労感謝の日ぐらいの感じでしょ、と高を括っていた。しかし調べても調べても博物館系は全て「休: サンクスギビングデイ」と書いてあり、徹底的に休館、休館、休館。だからゲティ・センターも前の日の時点でハンティントンと天秤にかけて落とした。この日、唯一休館日については何も書いていなかったイームズ・オフィスに早朝歩いて見に行ってみた。しかし入口のドアには無情にも「サンクスギビング・デイは休み。翌日は開館」と書いてあった。まあ外から中の様子は見れたし半分以上は単なるイームズ・ショップだからいいのだが、「Mathematica」の展示はちょっと見てみたかった。
本当に何も行くところがなくなり、朝飯を食うにもどこもやっておらず(まだ8時)、唯一やっていたメキシコ系の店(またメキシコかよ)で検討した結果、消去法でハリウッドに行くことにした。ちなみに朝飯はうまかったが玉子3つぐらい使ってるんじゃないかっていうメキシコ風オムレツ$10前後。朝飯としては散財だが他にやってないのでしょうがない。
ハリウッドはバスで1時間半ぐらいで着いた(乗客は例の如くホームレスとやばげな人達)。もう観光丸出しでスターの手形探したりウォーク・オブ・フェイムで記念撮影したり。。。パルトロウたんとケヴィン・ベーコン様の星を見つけられたしそれなりに楽しかったけど思いっきり寂れてた。なんとなく「この旅こんなのでいいのか」という不安が襲ってくるが他にやってないからしょうがない!
夜、空港行きのバスで大声でひどい猥談をしていた日本人の糞下劣ビッチ娘達に吐き気がして食欲をなくし、空港近くのホテルでコンビニのまずいサンドイッチか何かを食べて寝た。送迎バスを頼んだ時のホテル側の電話の対応も最低だったし翌日まで苛々を引きずる。










































朝5時近くに起きる。昨日できなかったビーチの散策をする。本当にここは西海岸のイメージにぴったりくるような街だ。なぜLAではなくこの街に泊まったかと言うと空港からイームズ邸へのアクセスを重視したのと、特にLAのダウンタウンなんかには興味が無かったからだ。近隣の美術館なんかにはここからも行ける。ビーチにはランニングしている現地の人達の姿が多数見られるがなぜか皆フォームがおかしい。ランニングロードの掃除をしている黒人の若者達はなぜか仕事もせずにずっと喋っている。それにしてもどこで朝飯を食えばいいのか。
朝飯屋を探して昨日と同じく目抜き通りの3rd Streetを歩くと、Arizonaとぶつかるあたりでファーマーズ・マーケットがやっていた。色んな野菜が売っているしハーブなんかは馬鹿みたいに安いから面白いのだけれど、基本的にフルーツや野菜しか売っていないので食べるものが無い。しょうがなく唯一やっていたチェーンっぽい「The Coffee Bean & Tea Leaf」に入る。アイスコーヒーを頼むと「What's your name?」と聞かれた。空耳かと思って聞き直すとやはり名前を聞いている。「Akio」だと言ったらレシートに「AKIO」って書いてでてきた。注文の受け取りを間違えないようにするシステムなんだろうがまさか珈琲屋で名前を聞かれるとは思わなかったからびっくりした。チョコ入りクロワッサンはもの凄くギッシリしていてチョコもヌテラみたいな甘ったるいやつがビッシリ入っていて超まずい。腹が減った、腹が減ったと言っていたくせになぜか「ここには食いたいものが無い」と言って何も頼まなかった同行I氏のお陰で朝飯をはしごする羽目になり、しょうがないのでターキーとラズベリーソースのサンドイッチなるものを頼んでみた。注文する時は何も思わなかったがよく考えたらラズベリーに疑問符が。食べたらとても不思議な味がした(日本的感覚というとまずい)。後で調べてたら七面鳥にラズベリーソースというのはサンクスギビングの食事として定番らしい。
ともあれ朝食を済ませ、バスでハンティントン・ライブラリーのギャラリーに行くことにする。バス停で30分ぐらい待っているとようやくLAダウンタウン行きの急行バスが来たのだが、そのまま我々の前を通り過ぎ、約200m先の別のバス停へ!走って追いかけたが間に合うはずも無く、あえなく逃す。また30分以上待つのは嫌だったので、目的地は同じだけれど急行ではないバスが来たので乗り込んだ。しかしこいつが思ったより時間がかかり、ロスについたのは1.5時間後。その間、例の如く入れ替わり立ち替わりホームレスとキ印が。そこからハンティントン方面のバスに乗ったら今度はほとんどがメキシコ系の顔立ちの人達ばかりが乗っている。完全に我々マイノリティ。降りるバス停を見逃すまいとバスの中で配布されている路線図と睨めっこしながら乗っていたのに、なんと目的のバス停は通り越して数キロ先のバス停に止まってしまった。本当にこのバスのシステムはわかりにくい。バス停の名前はほとんどが通りの名前になっているのだが、「○○通り&○○通り、または○○通り&○○通り」みたいな停留所名もあってややこしいことこの上ない。結局次の逆方向のバスで戻り、ようやくハンティントン・ライブラリー最寄りのバス停に到着。サンタモニカを9時頃出たはずなのに既に13時近い。バス停からハンティントン・ライブラリーまではいかにもアメリカン・ハウスな瀟洒な建物が立ち並ぶ。人気はあまりないので別荘地か何かなんだろうか。H瀬さんが昔パサデナに住んでいたそうだけど、こんな感じのところだったのか?H瀬さんの話では外国人ばかりが住み着いて逆にアメリカ白人がいなくなってしまったというが。
ハンティントン・ライブラリーは実業家のコレクションから成る私立図書館&美術館で、ここの貴重書の展示はかなり凄い。中世マニュスクリプトからグーテンベルク聖書からベリー公時祷書、チョーサーのカンタベリー物語、フック「ミクログラフィア」、ヴェサリウス解剖書、それからシェイクスピアやその他文学のオリジナル、オーデュポン鳥類図譜、それに自然科学のコーナーではケプラーやらコペルニクスやらニュートンやらが全てオリジナルで揃えられ、ダーウィンに至っては初刊行から現在に至るまでに出版された様々な装丁の「種の起原」が時系列で並べられている。ダゴティ先生にも再会。ガイドブックに数行「グーテンベルク聖書やオーデュポンが展示されている」と書いてあったのを見つけて、展示されてたら儲けもの、ぐらいの期待で来たのだが良い意味で大きく裏切られて興奮した。でもデジタルアーカイブはこっちの勝ちだぜ......。というかキャリブレーションさえされておらずポインタ反応が上下左右反転したモニタまであってこういうところは適当だなあ。。。あとは人間工学的な家具の第一人者であるSam Maloofの特別展(面白かったが何しろサイズがでかい)やアメリカの富豪の家庭の部屋を再現した展示など(これは心底どうでもいい)。総じてここまで来た甲斐があった。LAに行く方にはここだけはお勧めしたい。帰りはUnion駅でサンタモニカ行きの急行のバス停を探し当てて乗り込んだ。
夜はサンタモニカでメキシコ料理。日本で食べるメキシコ料理の3倍はうまかった。





































































8時過ぎ、LAX着。
ロスではなく西海岸沿いにあるサンタモニカの街の4th & Pico blvd.にBig Blue Busで移動する。バスは最後部の座席がコの字型になっており、そこに見るからに柄の悪そうな兄ちゃんが二人で陣取っていたので目を合わせないようにする。
ホテルでチェックイン。砂浜が目の前で、西海岸丸出し。タクシーを呼んでもらい、イームズ・ハウス&スタジオへ。
丘の上の路地を入っていくとそこにイームズ邸はあった。メール対応してくれたおばさんが説明をしてくれ、$10の寄付をする。行きがけに見た近隣の家もケーススタディ・ハウスの一環らしく、ノイトラ設計のものもある。ひとまずイームズ邸の外観を一周する。組み立て可能な既製の建材を使っているからか、基本的にモジュールを使った構成になっており、その点コルビュジェのユニテに似た印象を受ける。かたや身体を基準とした寸法体系を使った構成と、かたやローコストと簡便性を追求し既存の工業製品の寸法体系を使った構成、といった異なるアプローチからきているにも関わらず、観念論の国における機能主義を唱えたコルビュジエと合理主義の国におけるヒューマニズムを唱えたC&Rイームズは、実のところ意外と接近していたのではないだろうか。コインの表と裏というか、ロープを為す2本の糸というか。どっちが先かはわからないがあまり時間差は無いはずだ。
螺旋階段の処理を見ると、こういうところはイームズ夫妻の得意技だろうなと思わせるカーブになっている。
外周を回ると、よく手入れされた植栽に囲まれていることに気がつく。中には日本を思い出させるマツもある。先程説明してくれたおばさん(おばさんと言ってもとても素敵な年の取り方をしているすらっとしたご婦人である)に聞いたらどうやら極力オリジナルのものを保つようにガーデナーが気を配っているらしい。イームズ邸は2人が植えた樹木に囲まれていて、そのうちの一本にはとてもメルヘンなブランコがかけられている。庭を下るとその先は崖になっていて、ここが西海岸の海の見えるとても見晴らしの良い立地なのだとわかる。イームズ夫妻もこうして見ていたのだろうかとしばし黄昏れてしまう。太陽はもの凄く陽気だけれど。ここはヨーロッパではなくアメリカ西海岸なのだ。
一時間前後で見学を終え、おばさんに礼を言ってイームズ邸を後にする。とりあえず昼食を取るためにサンタモニカのダウンタウンに行こうとするが、帰りのバス停がわからない(行きのバス停はあるのに!)。とりあえずこの丘の下を走る大通りまで出れば何かしらバス停があるだろうと思って歩こうと思ったのが甘かった。降りても全くバス停はない。狭い縁石の上を歩きながら来た道を遡るが信号が無いので車道を挟んだ反対側の歩道に渡れず、隣は高速道路並のスピードで車がビュンビュン走っているので渡れない。一カ所、両側の歩道を結ぶ地下道があったが、水没していて使えない(orz)。炎天下の中、今車からギャングが出てきて襲われたらひとたまりもない、と内心怯えながら1時間半ほど歩いたか、ようやくダウンタウンまで戻れた。車社会をなめていたことを反省する。
昼飯は客引きのねえちゃんに誘われて、目抜き通りの3rd Streetでピザのセットを$10ぐらいで食べた。コーラを飲んでいるとまだ半分近く残っているのに「おかわりはどうだ」「おかわりはどうだ」と店員が入れ替わり立ち代わりやってきてはおかわりを促す。後でレシートを見るとどうやらおかわりはタダだったらしいが、日本で言えばLLサイズのコーラをそう2杯も3杯も飲んでたら体が持たない。しかし後にアメリカの炭酸飲料はほぼ水と同じ扱いだということに気付く。
LACMAに行こうと4th Street & Arizonaあたりのバス停に行くと、おばちゃんが懇切丁寧にバスの番号から切符の値段からバス停の場所から何から教えてくれる。到着この方、アメリカ人の印象はとてもよい。バスは基本的に格安で、BigBlueBusの各駅停車なら$1、急行なら$2、Metraなら$1.5だ。バスに乗ると、買い物帰りなのか大きなビニールバッグを持った人が次々乗ってきて、どんどん席が埋まって行く。そして入れ替わり立ち代わり色んなホームレスが乗ってきて、中にはわざわざ車椅子を荷物入れに使い、優先席に座っていたお年寄りをどかせてシートを上げさせてまで乗ってくる奴までいる。こちとら面白いやら恐ろしいやら腹立たしいやらで始終気が気ではない。ひとつだけ救いなのは日本のホームレスのように車両を支配するような臭気を漂わせているわけではないことで、皆比較的こぎれいな格好をしているし、少々こきたない格好をしているホームのある人達と見分けがつかないぐらいだ(それでも多少はカビ臭かったり小便臭かったりするが)。ほんとにこいつらホームレスなんだろうか?
LACMAに来た目的はひとつはイームズ邸のインテリアを含んだカリフォルニア・デザインの展覧会を見ることで、大した期待はしていなかったが、同時にやっていた中南米の旧スペイン領の土着文明と教化についての展示「CONTESTED VISIONS」が日本人には目新しいせいもあって抜群に面白かった。鳥の羽で作った織物や偶像類、それがキリスト教の到来とともに非常につまらないものになっていく様がありありと見て取れる。スペイン人との対立を描いた絵画はスペイン人の非道さを描き、一方でカニバリズムを描いたものは旧文明の異質さを生々しく伝える。本物のキープも見れたし大満足だった。おそらくここがメキシコに近いことに関連した展示なのだろう。メキシコ料理屋も非常に多い。目当てのイームズ邸のインテリアは、会場内にイームズ邸の半分がそのまま再現されていて、かなり大掛かりな展示になっていた。さきほど空っぽだったイームズ邸の、夫妻の趣味の残滓、旅の記憶がオブジェとして示される。現代美術の展示はそれなりだったが陶器のマイケルはウケた。
夜はスペイン料理屋で一杯ひっかけ、宿まで歩いて帰った。夕食が少し物足りなかったので途中でタコスを買ったが、ものすごく小さかったし、付け合わせのディップはものすごく辛かった。タコスってこんなもんなのか?










ホテルより

























インテリアはLACMA(ロサンゼルス・カウンティ・ミュージアム)に移動中でからっぽ。































ビリー・ワイルダー夫妻 in イームズ邸









昨日、無事に帰国しました。シカゴ・オヘア空港で濃霧のためフライトが遅れに遅れ、さんざん待たされた以外は大したトラブルもなかったです(男二人でダブルベッド1台の部屋に通されたりはあったけど)。やはりアメリカ人は基本的には互助的に見えました。交通機関では知らない人どうしでも声を掛け合い、飲食店では店員と客が仲良く話し、やり取りの最後には「Have a nice day」とか「Happy Thanks Giving」とか言い合う。帰国して見た多くの日本人はそうではなかった。それだけはアメリカの美徳なんじゃないだろうか。ただあの国はそのうち福祉で潰れるような気がする。

今日から時間差日記を書きます。ニューヨークよりシカゴのほうが断然面白かったなあ。もしもう一度アメリカに行くとしたらミネアポリスとかソルトレイクとか地方都市に行きたいです。

とりあえず米と茶がうまい!!
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