未だ、ブログをがっぷり書く気力が湧かない。こういうところに文章を上げる事に確かな意味など見いだせない。昔は書きながら考えを進めるようなところもあったから、若書きに任せて臆面も無く書きつけていたけれど、今ではその対象はノートに変わった。よりパーソナルになった。ではここに何を書くべきか。一つは単なる日記である。それを読んで価値があると思うか、何が面白くて毎日読んでしまうような他人がいるかどうか知らないが、まあ私にとって他人の日記を読むのは楽しい。そこで大した情報など含まれていなくても、日常とはそういうものだ。しかしこれをやるにも、ここのところあまりにも書く事が無い。旅行でも行かない限り、食った物と読んだ本、見た映画ぐらいしか書く事が無い。で、読んだ本や見た映画について書くのは責任もあるし、根気がいる。後で「書かなきゃよかった」と思うことも少なくないし、ただ褒めるだけなのも空しい。批判して後悔することよりも、絶賛して後悔することのほうが多いかもしれない。絶賛できるような物は、わかりやすさの罠に陥っているだけの時もあり、後から考えれば全く面白くないこともある。それを見極めて書くとなるとかなりしんどい。そんなものはさらっと走り読み、一見しただけで書けるわけがない。だいいち、ここに書くことで何かわかったような気になることが嫌だ。物事の経験はすぐにわからないことが多い。そう、今年の抱負は「わかったことにしない」「終わったことにしない」である。一時期は「自分の意見を持たなければいけない」と思ったりもしたが、世の中そんなに簡単ではないのである。
昨日、金銭的な理由と空間的な理由により、家の本棚の風通しをよくするために整理をしていたのだが、昔さらっと読んで何ともないなと思っていた多木さんの『それぞれのユートピア』が気になって、ふと目次を見てみると、コルビュジエのアルジェ計画についての論考が載っている。それはアルジェ計画を出汁に、30年代のコルビュジエの政治性を扱ったもので、それ自体は非常に短いし、八束さんの10+1でのコルビュジエ連載を読んでいたことを思い出して確認するように読んだだけに止まるが、同じ本に「フランクフルター・キュッヘ」の項があるではないか。フランクフルトの台所、つまりマルガレーテ・シュッテ=リホツキーの機能主義的キッチンの記事である。グレーテ・リホツキーの台所、引いては機能主義イデオロギー、そしてジードルンクのあり方についての問題は今の私の興味にかなり合致した。しかも驚いた事に、多木さんは晩年のリホツキーを訪ね、聴き込みまで敢行している。まさか1980年代にリホツキーが生きていることなど考えだにしなかった。さらにまだかなりはっきりとした記憶と考えを持っている。そしてそのひとつ前の記事であるユリウス・ポゼナーとの対話では、機能主義の主導者の多くはフォルマリストであり、建築工法に忠実であったり生活の必要から生まれてきた空間であるエルンスト・マイや戦後のハンス・シャウロン、ハンネス・マイヤーの学校建築などのほうがより機能主義的だったと言う。さらに、建築が人間の生活を変えるのだと掲げて実はそうなることのできなかった20年代の機能主義イデオロギーを超えて、建築の真の「有機的な」機能とはたとえばウィリアム・モリスの家のポーチにベンチが置かれており、それは誰が座るというものでもないものの、人を招いている、ということを含めたものであるという。これはかなりユニークであると同時に機能主義の多様さを鋭く分節した寛容な見解である。合目的的で単一な機能に限定してしまう機能で人間の住む家はそう簡単に規定できないのだ。そしてこんな作業を続けている多木さんに、本当に頭が下がる。「わかったことにしない」人の見本だ。これを読んでいたらあんなにつまらない建築が沢山作られないだろうに。それは平面だろうが本だろうが同じだ。やはり我々は誤解し続けている。「かっこいいもの」を作ること目指すことに飽きたら、人間がどう生きるか、というところまで引いて考えなければならない。
グレーテ・リホツキーは2000年まで生きていたそうだ。102歳か?大往生だ。
昨日、金銭的な理由と空間的な理由により、家の本棚の風通しをよくするために整理をしていたのだが、昔さらっと読んで何ともないなと思っていた多木さんの『それぞれのユートピア』が気になって、ふと目次を見てみると、コルビュジエのアルジェ計画についての論考が載っている。それはアルジェ計画を出汁に、30年代のコルビュジエの政治性を扱ったもので、それ自体は非常に短いし、八束さんの10+1でのコルビュジエ連載を読んでいたことを思い出して確認するように読んだだけに止まるが、同じ本に「フランクフルター・キュッヘ」の項があるではないか。フランクフルトの台所、つまりマルガレーテ・シュッテ=リホツキーの機能主義的キッチンの記事である。グレーテ・リホツキーの台所、引いては機能主義イデオロギー、そしてジードルンクのあり方についての問題は今の私の興味にかなり合致した。しかも驚いた事に、多木さんは晩年のリホツキーを訪ね、聴き込みまで敢行している。まさか1980年代にリホツキーが生きていることなど考えだにしなかった。さらにまだかなりはっきりとした記憶と考えを持っている。そしてそのひとつ前の記事であるユリウス・ポゼナーとの対話では、機能主義の主導者の多くはフォルマリストであり、建築工法に忠実であったり生活の必要から生まれてきた空間であるエルンスト・マイや戦後のハンス・シャウロン、ハンネス・マイヤーの学校建築などのほうがより機能主義的だったと言う。さらに、建築が人間の生活を変えるのだと掲げて実はそうなることのできなかった20年代の機能主義イデオロギーを超えて、建築の真の「有機的な」機能とはたとえばウィリアム・モリスの家のポーチにベンチが置かれており、それは誰が座るというものでもないものの、人を招いている、ということを含めたものであるという。これはかなりユニークであると同時に機能主義の多様さを鋭く分節した寛容な見解である。合目的的で単一な機能に限定してしまう機能で人間の住む家はそう簡単に規定できないのだ。そしてこんな作業を続けている多木さんに、本当に頭が下がる。「わかったことにしない」人の見本だ。これを読んでいたらあんなにつまらない建築が沢山作られないだろうに。それは平面だろうが本だろうが同じだ。やはり我々は誤解し続けている。「かっこいいもの」を作ること目指すことに飽きたら、人間がどう生きるか、というところまで引いて考えなければならない。
グレーテ・リホツキーは2000年まで生きていたそうだ。102歳か?大往生だ。
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