これまで、見たものについて書くことが「消費」になりがちであった。そのためここのところ避けてきたのだが、最近見たものについて。
角田俊也さんの映像
光や色が「物」として立ち上がるかどうかの境目を行ったり来たりしているような映像。それでいて純粋に美しく、ちょっとした遊び心で始めているようなところに制作に結びつく刺激を受ける。確かにストローブ=ユイレの「セザンヌ」で語られていた形状学的な色彩論には、数値化されたCMYK/RGBや色彩モデルに慣れ過ぎている私には目を覚まさせるものがあったと記憶しているが、見たそばから印象以外のディテールを忘れてしまった。見直したい。Luke Fowler氏とLee Patterson氏のコラボレーション音響的映像(?)も音と映像がせめぎあって面白かった。
RGB(crack13)
超音波センサの中をダンサーが踊ることで音がうなる、という企画のはずがダンサーのドタキャン(すっぽかし)のために全く違うものに。しかしこの日のRGBの映像(音に反応してR、G、Bの波がプロジェクションされる)は凄いことになっていた。ワームホールに吸い込まれたかのような高速で原色的な縞模様から、まるで水彩のような淡いボケ味まで。パソコンを通さず純粋に回路のみであそこまで叙情的な光が出るとは思ってもみなかった。去年からなんとなく思っていた事だが、電子回路を使うならプログラミングを全く使わない方向でやりたい、という気持ちが確信に変わる。傍から見てると同じような分野に見えるが、かなり違うんだと思う。多分。
「ようこそ、アムステルダム国立美術館へ」
冒頭の解体現場のショットからまず驚く。こんなに周到に撮られているとは予想していなかった。次に、現場で働いている「裏方」さん達がひたすらカッコいい。精密さと激しさを同時に行う修復師のお姉さんたち。壁の装飾を見回りながら、壁を「コンコン」と叩いて回る装飾家のおばさん、「ここを管理できるのは俺しかいない」という管理人の男。所謂ひとつの萌え萌えである。益子の濱田庄司邸に行ったとき、建物の「息」を感じる事ができたが、この管理人が「建物が呼吸している」と言ったとき、それを思い出した。建物は何よりもまず、空気を包含する存在である事。そこには色々な匂いや温度が籠っており、呼吸する。
「何も、変えてはならない。」
100点でも60点でもない歌手の歌ができていく様を、思わぬ欠伸やリズム感の致命的なズレをひっくるめて監督と見つめていくような映画だった。何とも思っていなかった歌手にいつの間にか愛着が湧いてしまったから不思議。うまく言えないが、「今、ここで、現在、この映画を見ている他でもない自分」を意識させられた。他の人は関係ない。
『ストレンジ・フェイス』
ある日、広尾の図書館の新刊コーナーで見つけ、ふと読み始めてしまったため帰りに購入。自分としてはかなり速く読めた。途中、ひどくエロくってどうしようか困ったが、しかしその部分にこの小説の全ての肝があるような気がするし、なんか人生観変わってしまったような気がする。ラストは唖然。泡盛飲みたし。
「アリエッティ」
致命的なのは、解像度と音響だと思う。
-----------
明日から愛媛から広島を通って山口まで行ってきます。
海と萩焼きとYCAMがテーマです。
あと、さえりんち。
角田俊也さんの映像
光や色が「物」として立ち上がるかどうかの境目を行ったり来たりしているような映像。それでいて純粋に美しく、ちょっとした遊び心で始めているようなところに制作に結びつく刺激を受ける。確かにストローブ=ユイレの「セザンヌ」で語られていた形状学的な色彩論には、数値化されたCMYK/RGBや色彩モデルに慣れ過ぎている私には目を覚まさせるものがあったと記憶しているが、見たそばから印象以外のディテールを忘れてしまった。見直したい。Luke Fowler氏とLee Patterson氏のコラボレーション音響的映像(?)も音と映像がせめぎあって面白かった。
RGB(crack13)
超音波センサの中をダンサーが踊ることで音がうなる、という企画のはずがダンサーのドタキャン(すっぽかし)のために全く違うものに。しかしこの日のRGBの映像(音に反応してR、G、Bの波がプロジェクションされる)は凄いことになっていた。ワームホールに吸い込まれたかのような高速で原色的な縞模様から、まるで水彩のような淡いボケ味まで。パソコンを通さず純粋に回路のみであそこまで叙情的な光が出るとは思ってもみなかった。去年からなんとなく思っていた事だが、電子回路を使うならプログラミングを全く使わない方向でやりたい、という気持ちが確信に変わる。傍から見てると同じような分野に見えるが、かなり違うんだと思う。多分。
「ようこそ、アムステルダム国立美術館へ」
冒頭の解体現場のショットからまず驚く。こんなに周到に撮られているとは予想していなかった。次に、現場で働いている「裏方」さん達がひたすらカッコいい。精密さと激しさを同時に行う修復師のお姉さんたち。壁の装飾を見回りながら、壁を「コンコン」と叩いて回る装飾家のおばさん、「ここを管理できるのは俺しかいない」という管理人の男。所謂ひとつの萌え萌えである。益子の濱田庄司邸に行ったとき、建物の「息」を感じる事ができたが、この管理人が「建物が呼吸している」と言ったとき、それを思い出した。建物は何よりもまず、空気を包含する存在である事。そこには色々な匂いや温度が籠っており、呼吸する。
「何も、変えてはならない。」
100点でも60点でもない歌手の歌ができていく様を、思わぬ欠伸やリズム感の致命的なズレをひっくるめて監督と見つめていくような映画だった。何とも思っていなかった歌手にいつの間にか愛着が湧いてしまったから不思議。うまく言えないが、「今、ここで、現在、この映画を見ている他でもない自分」を意識させられた。他の人は関係ない。
『ストレンジ・フェイス』
ある日、広尾の図書館の新刊コーナーで見つけ、ふと読み始めてしまったため帰りに購入。自分としてはかなり速く読めた。途中、ひどくエロくってどうしようか困ったが、しかしその部分にこの小説の全ての肝があるような気がするし、なんか人生観変わってしまったような気がする。ラストは唖然。泡盛飲みたし。
「アリエッティ」
致命的なのは、解像度と音響だと思う。
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明日から愛媛から広島を通って山口まで行ってきます。
海と萩焼きとYCAMがテーマです。
あと、さえりんち。