昨日朝にショッキングな知らせが入り、午前中は何も手につかなかった。四日前に母親を亡くしながらも銅メダルを取った選手がいるのだから行動せねば、と事務手続きやかかりつけの病院などに行くも、夕方にはどうしようもなくなって寝入ってしまう。夜中に起きだしてようやく本など読めるようになる。
今日は昼から恵比寿映像祭に行き、映像ではない「おかえりなさい、うた」を聴く。まるでキャンプファイヤーを囲むように座る観客を包むように配置されたマルチチャンネル・スピーカーと可動(指向性?)スピーカーから、話、語り、歌、ハウリングヴォイス、楽器音、物音など様々なかたちで聞こえてくる「うた」。それに寄り添う星のように点滅する7つの電球。何よりさやさんの柔らかい声が作品を導く。座り込んで90分間聴き込み、時折感極まった。声色と呼ばれるような質感は「意味」よりも弱い「性格」のようなものとして我々の心に働きかけ、歌は伝承と遊びであると同時に実存的な「うた」として響く。まるで昔なくした「うた」を思い出すかのように微笑みながらうなずいて聞き込んでいるおばあさんの姿が印象的だった。あと、ハウリングヴォイスと電球の点滅に泣き出す子供も。この空間、子供だったら怖いだろうな.....。真ん中の電球がずっと消えているなあと思っていたら、そういうことでしたか。興味ある方は明日まで、だそうです。
なんとか気持ちを切り替えることが出来たので夕方から作業を再開した。
21世紀は赦しの時代でなければならない、と真剣に思う。
今日は昼から恵比寿映像祭に行き、映像ではない「おかえりなさい、うた」を聴く。まるでキャンプファイヤーを囲むように座る観客を包むように配置されたマルチチャンネル・スピーカーと可動(指向性?)スピーカーから、話、語り、歌、ハウリングヴォイス、楽器音、物音など様々なかたちで聞こえてくる「うた」。それに寄り添う星のように点滅する7つの電球。何よりさやさんの柔らかい声が作品を導く。座り込んで90分間聴き込み、時折感極まった。声色と呼ばれるような質感は「意味」よりも弱い「性格」のようなものとして我々の心に働きかけ、歌は伝承と遊びであると同時に実存的な「うた」として響く。まるで昔なくした「うた」を思い出すかのように微笑みながらうなずいて聞き込んでいるおばあさんの姿が印象的だった。あと、ハウリングヴォイスと電球の点滅に泣き出す子供も。この空間、子供だったら怖いだろうな.....。真ん中の電球がずっと消えているなあと思っていたら、そういうことでしたか。興味ある方は明日まで、だそうです。
なんとか気持ちを切り替えることが出来たので夕方から作業を再開した。
21世紀は赦しの時代でなければならない、と真剣に思う。