3D関係をもじもじと。
夜に「レスラー」「冷たい水」を連チャンで。
ミッキー・ロークは復活なんかしていない。
あれは、ミッキー・ロークは結局ああいう最低のロクデナシの生き方しかできないのだ、だからこそ素晴らしいのだという映画だ。
そしてあれは「ストリッパー」というマリサ・トメイの映画でもあった気がする。
でも話としてはごく普通だわな。既視感。
あの監督はよく知らないけど、マリサ・トメイが最後のリングに脱いで出てくるとか、もうちょっとはじけるべきだったのでは。
ミッキー・ロークはさらに遠くへ行ってしまったように思える。
まあ、今までも「ドミノ」とかにチョイ役で出てたから死んでさえいなかったので、「復活」でもなんでもないんだけど。
ヴェネチア審査員にヴェンダースがいたのね......。そういうことか。
「冷たい水」は物語と決して交わらずに並行して流されはじめた音楽が、いつしか不吉な轟音となってうなりはじめ、若さという空間を作り出し(そこにヴィルジニーの親父が入っていくときの場違いさ!)衝動と祝祭と旅立ちが同時に起こるあの瞬間においては何か「物」のような塊とさえなる。うーん。名画だ。でも、なんでディランのアレよ?
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