やっとネットつながる。
今日は仕事後、ホゾ4人で「ブラタモリ」にあやかって「ブラブサイク」を実行に移す。
まずはプレゼンルームで「コヤニスカッツィ」を見る。なんか説教臭いんだか過剰偏重な世界を賛美してるんだかハイ/ロースピード撮影が楽しくなっちゃったんだかよくわかんなかったが、フィリップ・グラスの音楽で段々気持ちよくなってきちゃった。機械ももちろんだが、やっぱり映画は人間を撮るためにあるんだろうなあと思った。だってそこが一番面白いんだもの。原始の絵文字→宇宙ロケットの発射→自然の循環→自然を利用する人間と機械→輸送機械(飛行機、地下鉄、電車、自動車、高速道路、インターチェンジ.....)→居住機械(住宅)の廃墟とその破壊→人間の移動→生産機械と人間→輸送機械からの眺め→集積回路のイメージ→路上の人々→宇宙ロケットの墜落→原始の絵文字、みたいなふうにプロットは言葉化できるけど、それが明確な何かを意味しているわけでもなく。だいいち「コヤニス(調和を失った)カッツィ(世界)」というより「コヤニス・アメリカ」だろうに。ただ、執拗なまでに見せつけられるトランスポーテーションの視覚化は嫌というほど眼に焼き付いた。レッジョはドゥボールを読んでいたということで、次はドゥボールを見たい。
終了後、夕食を求めて国分寺を遊歩。南口から北口へぐるぐるぐるぐる迷い歩く。こんなことでもない限り国分寺を探索することなんかないから貴重な機会で、サークルの忘年会の場所を探し歩いた7、8年前とはかなり変わっていて驚き。なんとなく決め手に欠けて30分から1時間ぐらいはほっつき歩いていたが、最終的に本屋の下の豚串系飲み屋に決定。第一回としては上々であった。
今日は仕事後、ホゾ4人で「ブラタモリ」にあやかって「ブラブサイク」を実行に移す。
まずはプレゼンルームで「コヤニスカッツィ」を見る。なんか説教臭いんだか過剰偏重な世界を賛美してるんだかハイ/ロースピード撮影が楽しくなっちゃったんだかよくわかんなかったが、フィリップ・グラスの音楽で段々気持ちよくなってきちゃった。機械ももちろんだが、やっぱり映画は人間を撮るためにあるんだろうなあと思った。だってそこが一番面白いんだもの。原始の絵文字→宇宙ロケットの発射→自然の循環→自然を利用する人間と機械→輸送機械(飛行機、地下鉄、電車、自動車、高速道路、インターチェンジ.....)→居住機械(住宅)の廃墟とその破壊→人間の移動→生産機械と人間→輸送機械からの眺め→集積回路のイメージ→路上の人々→宇宙ロケットの墜落→原始の絵文字、みたいなふうにプロットは言葉化できるけど、それが明確な何かを意味しているわけでもなく。だいいち「コヤニス(調和を失った)カッツィ(世界)」というより「コヤニス・アメリカ」だろうに。ただ、執拗なまでに見せつけられるトランスポーテーションの視覚化は嫌というほど眼に焼き付いた。レッジョはドゥボールを読んでいたということで、次はドゥボールを見たい。
終了後、夕食を求めて国分寺を遊歩。南口から北口へぐるぐるぐるぐる迷い歩く。こんなことでもない限り国分寺を探索することなんかないから貴重な機会で、サークルの忘年会の場所を探し歩いた7、8年前とはかなり変わっていて驚き。なんとなく決め手に欠けて30分から1時間ぐらいはほっつき歩いていたが、最終的に本屋の下の豚串系飲み屋に決定。第一回としては上々であった。
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