2008年11月アーカイブ

やっぱ60年代から70年代にかけてのコンセプト・アルバムの流れは最高だなあ。
キンクスのレイ・デイヴィスのフィクション感たっぷりの歌声が、フィクション感たっぷりの歌詞と曲に乗ると、もうクラクラきちゃうよねえ。
こんないい加減さたっぷりのフィクションの世界で正気を保ってられるのはキンクスとウェス・アンダーソンぐらいだよ。
そんで前歯抜けてんだよ?
「ポストモダン」という言葉を感覚的に初めて納得したのは『ライフ・アクアティック』だしね。
って誰かさんの日記に同調してるんだけどね。

あー、学校行こ....。
We are the Village Green.....
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「ブラインドネス」はひどいから観ない方がいいよ。良い映画より悪い映画のほうが学ぶことが多いと言ったのはキューブリックだけど、今回はまさにその通りだった。カメラの視点に何の意味もないんだもの。ジュリアン・ムーアは良い仕事してるけど、どう汚れてもアメリカン・セレブにしか見えないのはミスキャストか。ていうかほとんど盲目性関係ないし!隔離社会はどんな悲惨な顛末をたどるかっていう「ドッグヴィル」的なものだし、苦境を迎えると分裂夫婦も本音を言って優しくなれるっていうのはもう陳腐極まりないし、権力を振るうはずの元来の(「通常の」)失明者はなんの意味もなかったし、、暴動を起こす主人公たちに罪悪感がかぶさる寸前で火事が起きたり足手まといの人がホイホイと死んでくれるのはご都合よすぎだし、ちょっと面白くなるかなと思った最後の街に出た部分もすぐおわっちゃって展開不足だし、恵みの雨にも何の幸福感もただよわないし、なんか象徴的に犬がでてくるけど何の展開もないし......あー、思い出すと色々出てくる。最低だったのは、ウィルスで失明した患者のひとりのガエル・ガルシア・ベルナルがスティーヴィー・ワンダーを歌うところ。完全に視覚障害者を馬鹿にしてるよなあ。

「ウェルカム・トゥ・サンパウロ」は半分は観光PRに見えてしまった。最近流行のこういう都市ものオムニバスで、イージーにその都市の特徴を撮ろうとすると、どうしてもKYに見えてしまうなあ。そんなところに映画の本質はないということか。もちろん、海から市街地への連続空撮や日系三世へのインタビュー、吉田監督が褒めた花のシーンなど、良い点もたくさんあったけど。併映のジャ・ジャンクーの短編は流石の脚本。オリヴェイラの短編もgood。

あとはタダ券もらった森ビルの「チャロー・インディア」見て、麻布で今川焼きと塩おかき食って、日曜満喫。
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なんかいろいろ書いてたら消えちゃったので、要点をかいつまむと、昨日中間発表があったのと、ダダ島とテツジはやっぱり変態なのと、今日はこの時間からストローブ=ユイレとA.ロメロをはしごする幸せな日だということ! 拍手する
クルーグマン=藤田=ペナブルズの「空間経済学」に手を付けたが、自分の数学的能力と理論的思考能力のなさに絶望し、それはきっと世の美術畑出身の人の9割以上を占めているのだと思い込むことで慰み、休憩するかのようにコールハースの新刊インタビュー本を読み、今井美樹の「PRIDE」の英語版だとかなぜかアル・グリーンの「Let's Stay Together」やらが流れるファミリーレストランと呼ばれるキッチュな空間で、30代半ばの女性三人組の職場の愚痴やら、女性がやたら喋りまくるカップルの世間話をBGMに、窓側の席で眠り込むおっさんやらに囲まれながら、こんな非資本主義的時間の過ごし方は罪悪極まりないだろうという何とはないいつもの焦燥感に尻を叩かれながら、一日の半分を過ごす。空間経済的理論の発展と、実践された視覚的(≒図表的)表現そのものとリサーチの概念的枠組みの変遷をさらってしまおうというのが、やや広げ過ぎの風呂敷だ。よく言えば野望。しかしこれをやってしまわないでは博士を卒業するなんて無意味(もしくは無理)なのだ。そんでそれをふまえてひとプロジェクトやっちまおうというのがプラン=ノープランですよ。まあこれは論文に組み込むかはわからないけど。というわけで深夜に帰ってグルメシティの半額落ち惣菜食べながら「アイデア」のカルトグラフィー特集を読む。ノイ展とカブるように出版された時はアレルギッシュでほとんど読まなかったのだが、ようやくまともに取り組む。60年代を直視せずには乗り越えることはできないのだと思うようになった。この杉浦氏インタビューは、元ネタ満載で、読まずにいた自分を反省する。空間経済的理論の説明ではなく、かつそれでも新しくって多くの人にとって価値のある視覚的リサーチ表現って何だろうね。 ハードルはいつになく高いよ!結局、身の回りにある小さなことから気づくシンプルなことなんだろうけどね。
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昨日はアーニーさん(前述参照)のフェアウェル・パーティー。準備で東奔西走。英字新聞を読みながらひどくナイーブな顔をされていたような気がするが、気のせいだと願いたい。数日前に母国で災害があったそうだし、気にかかるばかり。

明日はロンドン地下鉄タイプフェイス・リニューアルのあの方がいらっしゃるそうで、基礎デの友人と共に楽しみ極まりないが、またパーティー。

Orwellの「Animal Farm」を取り寄せたが、思ったより英語が難しい.....。

松井さん、jagdaのアレ、ありがとう。面白いです。
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めも

ストローブ=ユイレ特集
大琳派展 〜11.16
「可視から不可視へ」「ウェルカム・トゥ・サンパウロ」「河の上の愛情」11.23
「ブロークン・イングリッシュ」12.13
「チェチェンへ アレクサンドラの旅」12.20
「動物農場」12.20
「我が至上の愛 アストレとセラドン」正月
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60年代に書かれたある本によれば、

オットー・ノイラートは
オランダ人で、
実際にあまり本を書いておらず、
(著者のように)デザインを自分の仕事とし、
あまり理論立った追求はさほどせず、
日本の紋章の影響を非常に多く受けており、
今見ると非常に古くさくて、
今日的にも意味が少なく、
もう過ぎ去った歴史で、
問題を含んでおらず、
彼の出した問題の次元では、
今日に役立たない

のだそうです。
もちろん、

ノイラートは
そもそもオーストリア人で、
数十冊の本を書き、
デザイン・社会経済学・哲学・ミュージアムディレクター・社会運動家を仕事とし、
徹底した理論立った追求をし......

云々と訂正できるが、
それはさておいても、
ここで国粋主義的に引き合いに出されている家紋とアイソタイプは遥かに違うし、
百歩譲っても「もう過ぎ去った歴史」とは何たることだ!!
こんなもの焚書だ!
と久しぶりに本を読んでて腹を立てました。
図書館の本だから燃やさないけど。
大体何かにつけて家紋の話を引っ張りだしてくるのは悪い癖だと思うが。


今週はフィリピン教育演劇協会のアーニー・クロマさんが来ていて、授業をなさっている。研究室が国際的で活気があって楽しい。課外講座でもちょっとしたゲームで一気に聴衆との一体感を生んだ。毎日帽子が違うが、印象をリフレッシュするためだろうか。
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昨日はiccで木本さんがカメレオン向けにギャラリートークをして下さった。4時間半ほぼぶっ続けで喋りまくる木本さんの話はめっちゃんこ刺激的で、もう師と仰ぎたい。何より僕のこと、および研究内容を認識して下さっていただけでも感動的。何かができたときに「あれ、これでいいんだっけ?」と常に問い直し、果てしなくしつこく当初の目標に接近しようとする姿に、人生を学びました。

今日は朝から張り切って図書館に籠り、昨日の話の整理と研究の練り直し。意気込んではいたが、卒業後(といってもあと一年で出れるかさえグレーだが)のことを考えると「こんなこと何かの役に立つんだろうか?」と若干ダウナーになるが、帰りに本庄さんに会って温かい言葉をかけて下さって、昨日木本さんが言っていた「本当の知り合い」というのはこういうことなのだと実感する。何にせよ、勉強不足極まりないので帰って精進することにする。

最近見たもの
「鳥」「引き裂かれたカーテン」ヒッチコック
「汚れた血」レオス・カラックス
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