「この展開はつまり、オレ達が今までどんだけモノ考えずに野球してきたかってことなんだよなあ」
—『おおきく振りかぶって』10巻、崎玉投手市原
うわーっセツねえ!何十巻続くか分からないかのような数年先の成長を感じさせながら、敗者として消えて行くはずの相手チームの思考と発話の描写にそのチームが今までどういう主義の野球をしてきてどういう悲しきジレンマを抱えているかを表象させながら、ウェス・アンダーソンに勝るとも劣らない心理描写を無数に散りばめ、投手・捕手vsバッター、およびそれを指示する監督の心理戦との間を揺れ動きながら、結局大差で主人公チームの勝利に終わるという試合をこれだけ意味ある非・消化試合にしている時点でバンザイをしたいが、なんともアンニュイで他人に苛立を感じるがどこか建設的な現代っ子のこの投手や、成績的には明らかに三番に劣るが敢えて四番に据えられた自分に何が足りないのかを徐々にプレッシャーのかかる場面で自問し衝突する中で捻りだして行く主人公チーム主将の素晴らしき台詞達に乾杯!
昨日はゼミ後、勝鬨まで歩き、表参道まで電車に乗ってイメフォで「コロッサル・ユース」。コスタ氏の映画は初めてだった。うまく言葉で表現できるか分からないが、人工照明を置きえない空間に(斜めに)固定カメラを据え、そこで1人から多くても3人ぐらいが対話をし、それが場所を変えて延々と続くというだけの撮影で、それだけで映画たりえていることだけでも驚愕なのだが、妻に出て行かれた父親ヴェントゥーラが娘の家でテレビを見ながら妻の行方や出て行った理由などを娘に相談しているが、ふとそのテレビに映った大蛇に「アナコンダよ!」と話題がズレたかと思いきや、結局元の話に戻るなどといったダイアログはなんともうまいと言う他はなく、しかしこれだけでは映画のサブ的な面白さを表明したに過ぎず、ただただ手紙の一節を繰り返したり、あっちこっちと歩き回ったり、机の上にペンで線を書き続けたり、そういった反復運動と、絶えず鳴っている屋外の環境音が何らか(スマン)の効果をあげていたり、親=重力的と言う他はない、ありえない体勢で寝転ぶ登場人物達や、意味の無いようで意味のある会話など、350本ものDVテープで15ヶ月も撮り続けたという撮り方から言って何とも反流通的な映画というほかはない傑作だったが、申し訳ないが、寝不足で30分ぐらい寝かせてもらった。オープニングでビルの窓から家具が「ズ、ズ、ズ、ズ.....」と落とされる場面が、全てを語っているような。
学生インタビューをテープ起こししながら泣きかけた。専門学校卒業後、一年働いた後にやはり自分がやりたいことに気づき、土下座で「編入したいです」と父親に言いに行った娘の覚悟と勇気、そして世界旅行に行くためか何かのために貯めていた貯金を「じゃあ、振り込んでくる」と学費振込に充てた父親の愛に、である。
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