怠慢とアクティヴィズムが躁鬱の波の様に繰り返している。とにかくどこかに出かけないと(あるいは常に移動していないと)思考が止まって憂鬱になるのだが、この間も起床した後、「水曜どうでしょう」を(しかも見たことあるやつを)YouTubeで見始め、Writing Space Travelerの航跡をGoogle Earthで追って全部ピンをつけたりしていたらはや数時間が過ぎており、せめて19時渋谷の「船、山に登る」でも見に行こうと思いつつも、読み始めたクルーグマンを片手に就寝し、ああだこうだしているうちに一日が終わった。これにはさすがに自己嫌悪に陥った。さらに、最近はパーティーやらお茶やらをしながらぐだぐだ世間話をすることに嫌気が差し、人嫌いにもなってかかってくる電話にさえ出たくない日もある。こんなことを書いてまた時間を使ってはしょうがないので、アクティヴィズムの方を書こう。
今日は昼からData島と次ネタの打ち合わせ。出口は見えないが、というよりレムだのヴェンチューリだのあれこれ邪魔な先達がいるが、そんなの小島よしおのギャグでもかましておけばよく、とりあえず「やってみたい」という欲望のままにやってみようと思う。動機はいつでも後からはっきりするものだ。「ガイドブックに載っているところばかり巡る旅行なんてクソだ!」「俺の足で新しい都市の認識を発見することこそが旅行の醍醐味だ!」と思いつつも旅行ガイドブックを参照してしまうことのアンニュイな感情、あるいは、「シネコンなんてクソくらえだ!」「映画的良心を持って特集上映や単館上映をする小さな小屋のほうが価値があるのだ!」と思いつつもそれなりに評判の良いハリウッドものがやっていればシネコンにかけつけてしまうことのアンニュイな感情、あるいは「ユニ○ロの服なんて所詮安物の大量生産で、デザイン的にも品質的にもやっぱりダメだ!」と思いつつも、それなりの店で買った服の下にユニ○ロの服を着てごまかしてしまうことのアンニュイな感情など、現代に暮らすで感じるアンニュイネスをうまいこと表明するつもり。あるいは、コンテンツが都市をtakes commandし、あるエリアのコンテンツ的価値だけが人を呼ぶのだ。言い換えれば、アーバン・ツーリズム。生活とは、permanent vacationである。I don't care about architecture!!
打ち合わせ後、ららぽの紀伊国屋で東京のガイドブック(日英)を漁ってData島と別れ、ゆりかもめに乗って国際展示場前で降り、対岸の線状都市を線状につながるよう撮影しながら歩き、自由の女神やらねつ造された砂浜やらキッチュな風景を横目に見ながら、念願だった「レインボーブリッジを歩いて渡る」を実現した。もちろん最高である。その後、ギリギリでアテネのドライヤー「吸血鬼」に滑り込み、驚愕する。やはり映画は時限爆弾であり、何でもありだ。
近くの酒屋でGuinnessのExtra Stoutが売っているのを発見したので、家に帰って飲む。「人セク」を見た者ならば、洋物の瓶ビールはラッパで飲まなければならないことはご存知であろう。
mixiから来てる方は写真が見れなかったのですね。失礼致しました。




改めて見れば、これってものすごい状況だと思う。



もちろんはずかしげもなく一番前に陣取る。





















コルビュジエにしか見えない。












多くの民衆が中指を立てて体制に反逆しているようにしか見えない。
























「チャリで渡れないですか?」と色目を使っていたが、だめっぽかった。
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