2008年4月アーカイブ

研究室はこぞって伊豆の勝井先生の展覧会に行っているはずだが、私は自宅で木本先生のトークを中継で聴く。へなちょこの私なんぞがコメントすること自体がおこがましいが、へなちょこが見ても「イマジナリー・ナンバーズ」から今回の新作へはそれはもう相当なステップ&ジャンプがあったことが想像でき、全く違うレベルのものであろう。「複雑系」という、捉え方によっては至極空虚になる概念の面白さが初めて体で理解できた。シミュレーションとは、やはり単純な個の動きが全体を形成する時に、思いもかけない相貌を見せる時にのみ面白いと思えるのだろう。しかも、彼女の場合、こんなこと起きてしまっていいの?という本人も手に負えないようなキマイラ的なものも数多くできてしまっているという。トークでは、「見えてしまうこと」の脆弱さを語っておられ、我々は間違いなく運動を「視て」はいるが、実はそれに満足してしまっていて、個々のダイナミクスや運動のシステムのようなものは実際には見えていない。私はそれを「視」たかったのだということをおっしゃられていた。また、終盤に言われていた「どんなことがあっても個の自由な運動は妨げてはいけない。」という言葉に胸を打たれた。どうして彼女にこんな執念と力量があって続けてこられたのか全く理解できないが(研究室では沢田研二や蒼井優の話題で盛り上がったりしてるし、基本的に話はブッとんでるし)、いわゆるメディアアート系でダントツすげえのは間違いないと思う。比べるわけではないが、個人的にはジョン前田氏の本を最初に読んだ時かそれ以上の衝撃だった。勉強します、ハイ。

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現代とは、「オリジナリティ」と「それなりティ」の両方を同時に愛せる時代なのではないか、という下らない造語を思いついた。いや、「クオリティ」と「それなりティ」かな。ソレナリティ。「グローカル」より「ソレナリティ」でいかがか。「S, M, L, それなり」とかいかがか。東京ソレナリズム2010とか。だめですか。

今日は某大からゼミに毎週いらしているT村さんがドク論の進行状況発表をしてくれて、僕は自分の勉強不足を反省したが、それはさておき、発表後に都市リサーチの出口について談話になる。リサーチにそれなりの客観性を持たせる必要があることは間違いないが、それをまとめている自分という主体の世界認識というのはどうしても入り込んでしまうのはしょうがないし、そこはあくまでノンポリを装うポリティクスでいくしかない(そこは否定する必要はあるまい)。また、多くの建築学生にとって問題になるらしい「リサーチをやって何になるんですか?」という命題だが、リサーチやらずにケーシキやらなんやらだけで建築設計できる方が凄いでしょう。リサーチなんてヒントの固まりじゃないか。建築的思考を動員して設計に活かすか、あるいは空間論や配置論に持っていけば良かろう。リサーチから建築に活かしたお手本なんかいっぱいいるじゃないか。建築的思考を動員できない私の方がよっぽど落としどころが難しいよ。

午後は、ポール・トーマス・アンダーソン「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」とトッド・ヘインズ「アイム・ノット・ゼア」をはしご。PTA、サイレント映画のように純視覚的に展開し、デイ・ルイスのクローズアップを日の丸構図で捉え続けるのには正直疲れたが、2時間ぐらい経ってからジワジワと登場人物の顔がしっくりきはじめ、日の丸構図だろうがいくつかのショットでは魅了され、そしてあの洗礼のシーンで完全に乗った。息子役の少年がとても良い。もう一度見ようかどうか。

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自分のことを他人に「理解してる」と思われることが嫌で嫌でしょうがない。友人だろうが親族だろうが先生だろうが、自分を矮小に定義しようというあらゆる言葉には徹底的に反抗しなければならない(もちろん逆に超=的確な定義には助けられることもある)。しかし、ある意味で日記を書き公開するという行為は、自らの日常を戯曲化し、流通し消費されてしまうことを甘受する親=定義的な試みであり、少なからず「理解してほしい」という感情が働いている非常に恥ずかしい営みである。それをいつの間にか日常化してしまった恥ずかしい自分と、「あらゆる定義に反抗したい」自分とを同時に持ってしまっている二重の自分は、それでも「それなりに社会的に」生きていかなければならないと思ってしまう。これは「中高級ブランドの下にユニクロや無印を着込んでしまう男女」や「シネマヴェーラやアテネフランセを愛しながらも、予告やチラシが面白そうならばシネコンだろう何だろうと駆けつけてしまうシネフィル(しかしポップコーンの音と匂いには激しい嫌悪感を感じずにはいられない)」、あるいは「反体制ペデストリアンを気取りながらも『地球の歩き方』のGeneral Informationを参照して主要観光地を押さえずにはいられない旅行者」と同等の現代的アンニュイネスではなかろうか?あーーーなんとくだらないこの文章!!そんなことはどうでもよいのだ。

今日はKUSOが付くほど午前中が忙しかったが、午後には和らぎ、夕方にはÜちゃんが研究室を訪ねてきたので少々話し込む。今年就職してインハウスデザイナーになったが自分の研究も続けていきたいのでカメレオンに行ってみたいとのこと。これにはひそかに感激せざるをえなかった。毎年定例の発表会の為に藁をも掴む思いで発表者を外部からかき集めなければならない中(じゃあなんなんだその発表会の存在意義は?)、なぜ誰もやらないのかということ事態を不思議に思い自主的に挙手を続けてきた身としては、「忙しい」ことを理由とせずに「忙しい」中で思考を進めて自らを試し議論を波及させる場に喜んで身を投じる人間のためにこそカメレオンはあるのだと断言したい。インハウスだろうがインディペンデントだろうが、生きていくためには日々の仕事に追われなければならないが、食っていくこと自体を目的とするのではなく、デザインそのものを目的にしていくことを至上とする人がちゃんと存在しているのだということに心の奥底が打ち震えたのは隠すまい。これもWriting Space Travelerの魂の注入の結果か?TAMASHII! TAMASHII!!!(ここで言う「TAMASHII!!!」とは、「Justice!」と同じぐらいの虚空ネスの叫び。)

折角の感動を虚空に霧散させてしまった。まあ、ビーチ・ボーイズとキンクスとローラ・ニーロさえあれば生きていけるさ。

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怠慢とアクティヴィズムが躁鬱の波の様に繰り返している。とにかくどこかに出かけないと(あるいは常に移動していないと)思考が止まって憂鬱になるのだが、この間も起床した後、「水曜どうでしょう」を(しかも見たことあるやつを)YouTubeで見始め、Writing Space Travelerの航跡をGoogle Earthで追って全部ピンをつけたりしていたらはや数時間が過ぎており、せめて19時渋谷の「船、山に登る」でも見に行こうと思いつつも、読み始めたクルーグマンを片手に就寝し、ああだこうだしているうちに一日が終わった。これにはさすがに自己嫌悪に陥った。さらに、最近はパーティーやらお茶やらをしながらぐだぐだ世間話をすることに嫌気が差し、人嫌いにもなってかかってくる電話にさえ出たくない日もある。こんなことを書いてまた時間を使ってはしょうがないので、アクティヴィズムの方を書こう。
今日は昼からData島と次ネタの打ち合わせ。出口は見えないが、というよりレムだのヴェンチューリだのあれこれ邪魔な先達がいるが、そんなの小島よしおのギャグでもかましておけばよく、とりあえず「やってみたい」という欲望のままにやってみようと思う。動機はいつでも後からはっきりするものだ。「ガイドブックに載っているところばかり巡る旅行なんてクソだ!」「俺の足で新しい都市の認識を発見することこそが旅行の醍醐味だ!」と思いつつも旅行ガイドブックを参照してしまうことのアンニュイな感情、あるいは、「シネコンなんてクソくらえだ!」「映画的良心を持って特集上映や単館上映をする小さな小屋のほうが価値があるのだ!」と思いつつもそれなりに評判の良いハリウッドものがやっていればシネコンにかけつけてしまうことのアンニュイな感情、あるいは「ユニ○ロの服なんて所詮安物の大量生産で、デザイン的にも品質的にもやっぱりダメだ!」と思いつつも、それなりの店で買った服の下にユニ○ロの服を着てごまかしてしまうことのアンニュイな感情など、現代に暮らすで感じるアンニュイネスをうまいこと表明するつもり。あるいは、コンテンツが都市をtakes commandし、あるエリアのコンテンツ的価値だけが人を呼ぶのだ。言い換えれば、アーバン・ツーリズム。生活とは、permanent vacationである。I don't care about architecture!!
打ち合わせ後、ららぽの紀伊国屋で東京のガイドブック(日英)を漁ってData島と別れ、ゆりかもめに乗って国際展示場前で降り、対岸の線状都市を線状につながるよう撮影しながら歩き、自由の女神やらねつ造された砂浜やらキッチュな風景を横目に見ながら、念願だった「レインボーブリッジを歩いて渡る」を実現した。もちろん最高である。その後、ギリギリでアテネのドライヤー「吸血鬼」に滑り込み、驚愕する。やはり映画は時限爆弾であり、何でもありだ。
近くの酒屋でGuinnessのExtra Stoutが売っているのを発見したので、家に帰って飲む。「人セク」を見た者ならば、洋物の瓶ビールはラッパで飲まなければならないことはご存知であろう。

mixiから来てる方は写真が見れなかったのですね。失礼致しました。


改めて見れば、これってものすごい状況だと思う。


もちろんはずかしげもなく一番前に陣取る。


コルビュジエにしか見えない。


多くの民衆が中指を立てて体制に反逆しているようにしか見えない。


「チャリで渡れないですか?」と色目を使っていたが、だめっぽかった。

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アテネフランセの「日本最後の」ドライヤー特集。「奇跡」と「ゲアトルーズ」の二本立て。極度に抑制された役者の振る舞い、全白から全黒までの無限の段階を完全に掌握したパラノイアックなまでの美術と構成に画面を凝視することを強いられる。
愛し合う者以外は視線を交わらせることさえ許されず、全ての主要な登場人物が残酷なまでに孤独な(そして多くのソファが視線の非交錯を発生させる装置と化している)「ゲアトルーズ」の終盤、ここのところの私の精神的摩耗にシンクロするような張りつめた展開と、やむことなく強いられる画面の凝視に起因した視覚的な倒錯によっていつの間にか朦朧としてきて、ほとんど卒倒に近い状態で見続けたが、主人公ゲアトルーズの家を訪ねてきた長年の友人の男性が、彼女の家から立ち去ろうとするラストシーンに、いまだかつてみたことのない異様な白き宙吊り空間が登場し、しかもそこで反復される(映画内では非常に希少な)カットバックに戦慄し、今、まさにここで頬を涙がつたわない自分の感受性の弱さに愕然とする。狂喜乱舞して万歳する映画はそれなりにあるが、戦慄する映画とは(私的映画史上)そうそうない。もちろん「奇跡」も最高のハッピーエンド喜劇だった。やはりヨハネスの彷徨は「笑うところ」で良いと思う。

ここ最近の精神的摩耗は、人付き合いの疲れと研究の行き詰まりと鬱陶しい外圧によるものだが、やはり思考を進めることでしか私の憂鬱は解消されないようだ。ドライヤーが良い刺激となった。

dreyer.JPG

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@Design Meeting

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観光最終日である。もはや北京で見るべき観光スポットはあらかたあさり尽くしたため、あと心残りなのは好物の四川料理を食ってないことと、最も印象的な光景だった景山公園からの眺めをもう一度見たい、ということぐらい。あとは気の向くままに歩き回ろうと思って宿を発つ。
まず歩いて天安門広場へ。本日は快晴なり。天安門からショッピングストリートの王府井へと歩き、中国銀行で最後の両替をし、小吃街を眺め歩いた後、ベタにも四川飯店で食事(サラっと書いているが二時間ぐらいは既に歩いている)。麻婆豆腐と辛ーい鶏の油味噌炒めを頼んだ上に、主食を食べようと思って頼んだ汁なし担々麺が悪かった。のどにむせぶ激辛。ほぼ油と辣油と豆板醤なのではないだろうか。未だ手を出したことのない火鍋とはどんなに恐ろしや。
再び肩の荷物が軋んできたので宿を探すことに。ガイドブックにある安めの宿にタクっていくと、大改装中で営業していないという事態。しょうがなく一駅歩いてまた昨日と同じ駅(崇文門)に行き、昨日のホテルの向かいにあるホテルにチェックイン。荷物を降ろして一息。やはり宿は取ってから行く方が楽だ。
チベット寺院の雍和宮でも行くかと思って地下鉄駅に行くと、既に5号線が開通していることに気づき、これなら一本で行けて好都合なのでそちらにする。1号線と2号線、13号線以外はオリンピックに合わせて開通だと思い込んでいた。新しくて快適。でも結構駅の間隔が短くて時間は思いのほかかかる。
道路の両脇に並ぶ仏具・線香屋を見て「こいつらこんな多くの店でほとんど同じ物を売ってて生計立てれるのか?」と思いながら歩くと雍和宮の入り口。チケットを買うとなんかシングルCDみたいなディスクをアクリルでコーティングしたような物も渡されるが使い道が全く分からない。寺の中は線香がけぶっている様が非常に美しい。昔のダライ・ラマが天文学を学んだ謎の器具があったり、建物の中にパンパンに入った金の大仏があったり、久しぶりに面白い場所だったが、監視の僧がやたらとだらしなく座っていたり、スーツを来た監視員がいたり、例の騒動の影響かと思われる感じもした(感じに過ぎない)。
その後、「鳥の巣」を見に行く。見れるかどうかわからなかったがとりあえず近くまで行ってみようと思い、和平里西街駅へ。この辺りは高層住宅街といった感じ。ホテルもいくつか立ち並ぶ。適当に歩き、heavy trafficな環状線を渡ると、フェンス越しに「鳥の巣」が。別に公開している訳ではないのだが、見える。そのままフェンスづたいに西に歩くと、ナタトリウムも。他にも写真を撮っている人たちがちらほらいたが、皆も適当に来ていたのだろうか。道路の反対側には木の板をパッチワークしたような屋根の建物や、寺院っぽい塔があり、何かと思って地図で確認したら中華民族園だった。
タクシーに乗って景山公園へ。タクシーの運ちゃんが僕の腕時計を指し、ドアを閉めるようなジェスチャーをする。多分「もう閉園してる」と言いたいのだろうが、ガイドブックにはまだしばらく開いていると書いてある。行ってみるとやはり僕の方が正しかった。丘に登り、再びラストエンペラーな風景へ。風も吹いているしやはりここは心地よい。旅のハイライト、という感じだった。
山を西へ下り、山頂から白塔が見えた北海公園へ。山を下りて丘を登る。先端に付いている鈴の音が心地よかった。丘を西に降りると湖。北上して公園を抜け、后海へ。もう日が暮れかけており、これが最後の観光となりそう。后海周りを時計回りに一周歩く(約一時間半)。胡同が密集していて人力車がよく走っている一帯。恭王府内の四川飯店や噂のジム公園を通り、バー密集地帯にさしかかるともう日は暮れていた。最後に何を食べようかとスタート地点に戻って再び回りだすと、何やら客引きのおばさんがものすごい勢いで中国語をけしかけてきて、かれこれ10分ぐらい着いてきたので、雲南料理の店に飛び込む。生憎席は満員だったが、おばさんが外で待ち続けているので時間をつぶすといつの間にかいなくなっていた。結局近くのドイツビールの店(なんでや)でビールの大ジョッキを飲みながら旅の日記を書く。部屋では店の歌手らしき中国人とロシア人の女の子が仲良さそうに英語で喋っている。しばらくすると隣の部屋で何かの演奏が始まったが、遠耳で聞いていればいいかと思ってそれを聞きながら旅のあれこれを思い出す。なかなかいい店だった。
食後、スタート地点のあたりに戻ると、何やら自転車の後ろに取り付けたスピーカーから音を出し、中高年たちがダンスに興じているではないか。インドのダンス音楽かと思えば中国の現代音楽がかかったり、皆仲が良さそう。気持ちよかったのでしばらくそれを眺めて、この旅は終わり。そういえば最後タクシーの運転手と片言の日本語で意気投合したっけ。ホテルでは頼んでもいないのに深夜二時に「ルームサービスはどうだ」と二回も電話がかかってきてキレたりもしたな。まあ何はともあれ、明日の朝便で帰国である。


王府井


グ〜



南東。スカイラインが左肩上がり


東。CBDがよく見える。


北。先にあるのは地安門。


西。北海公園の白塔。


city on the water


謎。


輪タクをなくす条例が通ったとか。


「足を轢かれた」と主張するおばさんだが、明らかに「轢かれた」と言っている足は逆だということの検証。

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北京徒然_4。
大同行きをやめ、残り2日を北京観光に決めたため、まずは北京市都市計画展覧館に行くために前門駅へ。観光スポットの最寄り駅なのだからコインロッカーぐらいあるだろうと踏んでいたが、皆無。しょうがなく重いリュックを背負って展覧館へ。確か設立10年以内の新しいミュージアムで、その名のごとく北京市の都市計画を展示する館である。写真を見ると一見現代建築風の建物だが、行ってみると単なるキッチュ。一部はザハがやったらしいが。まず2階のメインは(本当は4階から見るべきらしいが)、市内の各エリア別にその土地利用とボリュームを航空写真と3Dポリゴン(つまりgoogle Earth)によって見れるブース。これはまあそれなり。ブロンズの都市模型が壁に飾られたエスカレーターを登って3階に行くと、紫禁城のモク模型に続き、約20m四方の部屋のほとんどを埋め尽くす北京市の模型があり、壮観。昔森ビルで展示してたやつか?模型のない部分は航空写真が敷き詰められている。天窓からの自然光がデフォルトで、しばらく見ていると、シャン・シャンという音と共に天窓が閉まり、赤青緑のスポットライトと中国語アナウンスによって各エリアの説明が始まる。また、模型に仕込まれたLEDによって夜景モードにもなり、もちろん国家プロジェクトのオリンピック公園やCBDのフィーチャーも忘れない。こいつを見ただけでここに来た価値はある。部屋の隅っこにはH&deMのオリンピックスタジアムやナタトリウムの拡大模型、CBD地区の拡大模型もある。模型の造形の細かさは中国の特技か?それから、模型室の他にも交通計画を特集した部屋があり、まあまあ勉強になる。大きな本の形をしたオブジェに上からコンテンツを投影し、その上で「めくる」動作をするとページがめくれて交通計画が理解できるというインタラクティブな展示があった(が、あまり反応は良くない)。4階は北京新空港の模型など。ここは全体的に見て、荒い部分もあるが、都市計画をこれだけの規模で展示する場所は他の国で見たことがないし、展示方法もそれなりに新しい物を取り入れようとしているので、学ぶべきことがある場所だった。
背中の荷物で肩が悲鳴を上げ始めていたので近場で宿を探すことに。カウンターで値段を聞くと、ガイドブックに載っている値段より高かったが、もうこの荷物を背負って右往左往したくないので決定。荷物を置き、ホテルに入っているレストランに入ると、どうやらまた北京ダックの店だったらしい。前髪パツパツの姉ちゃんがやたらと薦めるので北京ダックのハーフのセットとブロッコリーのニンニク炒めで1000円ぐらいだったか。特別食いたいわけでもないのだが、なんか巡り合わせがあるらしい。食後には殺人的な量の豚骨スープ(鶏かも)。そこそこうまかった。
食後、天安門広場に隣接する国家博物館へ。しかしオリンピックを控えて大改装中らしく、入れないことを知って落胆。それに加えてもはやシンメトリとラージ・グレインへの嫌悪感が襲ってくる。そんな気持ちで天安門広場をうろうろしていると、国会議事堂側でドラえもんの凧をあげるおばさんが。天安門広場で人々が凧を揚げる姿は私の今渇望している民衆の自由を象徴しているようだ!と思って写真を撮っていたら、このドラえもん、パチモンじゃねえか.....。心の中で爆笑し、「石景山遊楽園に行け」と言っていたY田女史への手みやげにしようと考えて激写。
その後、もう一つの世界遺産の天壇でも見に行くか、と思ってひたすら南下。本当は浅草っぽい繁華街があるはずの大柵欄も、オリンピック前の道路拡張のために一帯が工事中。必死だな。1時間ぐらい歩き続け、ようやく到着。と思ったらやっぱりまたシンメトリときたもんだ。もうどうでもいーよと呟きながら、みやげ屋で10RMBの毛沢東トランプ(jpeg製)を2つ買い、タクって帰る。疲れたので夕飯を買いにいく気も起きない。テレビでは渋滞情報が延々と流れていた。夜中までトンテンカンテン聞こえた。あと一日は何をしようか。


くつ下を買いました。エディソン・チャン?


毛主席記念堂


北京市都市計画展覧館


誰かさんに似ているのだが.....


休み。


墜落したオリジナルキャラクター


中国の女の子は、いつもモデルっぽいポーズをして記念撮影するみたいです。


一本の釘も使ってないそうです。

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プロフィール

  • Akio Ota
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