2008年3月アーカイブ

何かに間に合わなければならないかのように爆走するタクシーの中で、何度か時計に目をやって焦燥を示しながらも、対抗する車や自転車、果ては牛だかヤギだかまでを急ハンドルでかき分けて右へ左へと激しく揺られることにいささかおののいているビジネスマン風の男は、ようやく着いた駅の前で非情にもタクシーを乗り捨て、両手にスーツケースを抱えながら、今まさにホームを出発してしまった電車に追いつこうとひた走る。しかしどうやら追いつけそうもないといった様子をキャメラの運動が示し始めたその瞬間、横からそのビジネスマンを涼しげに追い抜くヤサ男が登場する。そう、人は、この映画の主役は冒頭から数分間映し出されたビジネスマンではなく、今追い抜いたヤサ男の方なのだと確信し、そして彼はゆるやかなスローモーションで列車に飛び乗って列車の最後部から乗り遅れたビジネスマンに視線で無情を示す。そして列車の最後部には「the Darjeeling Limited」、つまりこの映画のタイトルが既に映し出されている。BGMにはキンクスの「This Time Tomorrow」が流れ、ここから三たび三兄弟の物語が始まる。あるいは家族の物語。コテコテの作りもの、直接ストーリーには関係ないカツゲキ的逸脱、端々で交わされる一見見逃しがちな会話や行為が少しずつつながりを見せ始めいつしか全体として体系をつくり上げるという超ポストモダン的(?)な脚本、そしてラストシーン近くの四度目(か?)のスローモーションで流れるキンクスの「Powerman」!電車には石を投げろ!スーツケースなんか捨ててしまえ!帰りの飛行機になんか乗るな!と諸手を上げて興奮した「ダージリン急行」二回目でした。
ええ、私は夏からサントラを聞いて待ち望んでおりました。「テネンバウムズ」がヴェルヴェット・アンダーグラウンドかビートルズの映画で「アクアティック」がデヴィッド・ボウイの映画だとすると今回はキンクスとサタジット・レイのサントラの映画。イナミの兄貴、見て下さい。個人的にはエイドリアン・ブロディにシビれました。

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仮に「リサーチブーム」というのが何年か前にあったとして、「もうそんなことやってもしょうがないんじゃないの?」と業界的に思われているとしたら、「だったらやめてしまおうかな」と思うのではなく、「だったらやり尽くしたと思うところまでやったろーじゃねーか糞野郎」と思うのが人情だと思う。だって僕達馬鹿だから、何もやらずにやり尽くされたなんて思えないもん。というわけで建築界ポリティクスとかジャーナリズムとかをよそ目にやっていこうと思う次第。

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「世界は視覚化されなければならない」というスローガンを叫ぶだけではもはや議論の的とはなり得ず、whatとhowが求められる段階へと移行した。それはともすると自分の中だけの問題かもしれないが、社会的に見ても潜在的にそうであるはずだ。ノイラートの「社会と経済」が選択したテーマのラインナップが当時最高であり今なお刺激的であることには変わりがないが、よくも考えれば78年も経った現在にはとてつもない数のデータが存在し、政府機関やデベロッパーにはもはや「欲しいデータがない」という状況の方が少ない状態に至っている(当時には人口や出生のデータがやはり多いためにそれらの図表が当然多くなってしまうのだと彼はどこかで漏らしていた)。統計好きのコルビュジエやノイラート、オトレが狂喜乱舞するかどうかはさておき、いくらなんでも三百枚を超えるようなアトラスを作ってもしょうがないので、そこにはストーリーやイデオロギーが動員される必要がある。残念ながら今の私にはそれを明確にはし得ない。モビリティや経済が空間を決定するのだと言ってみても、「ふーん」と言われてしまえばおしまいである。いや、個人の移動コストはどんどん下げていただきたいし、海外にももっと気軽に行かせていただきたいし、そいつが新しいフィジカル・ネットワーク社会を作るかもしれない。「世界をもっと近づけなければならない」というスローガンは20世紀の初頭も今も変わらないことなのだ。今のところ言いたいことはそれぐらいかもしれない。近代都市の高層化は止まらないし、大都市への集中も止まらないし、グローバル資本の投入も止まらない。しかしおそらくそれは全世界的な要請なのだから、付属する様々な問題もあるだろうし失われていく物も多かれど、それだけで「悪」とするような保守的な倫理観は捨てるべきだとも思う。というわけでアトラスの制作は進む。乞うご期待?

しかしこんなストイックな作業を人生にしたノイラートは、敢えて言えば、変態である。

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芝浦の卒業式で朝までコース→ムサビの卒業式で終電帰り→研究室旅行で江ノ島へと慌ただしい日々が終わり、送る人、迎える人、残る人、様々に入り交じって混濁した夢のような4日間が終わる。学校というある種制度的に顔を合わせることが出来る時間が終わり、あとは個人の意志のみによって関係が築かれていくだけだ。逆に言えば、移動と連絡のコストを軽々と乗り越える「愛」という名の無償の努力によってそれは果たされなければならない。

江ノ島の強風で見事に風邪を引いた。

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携帯の切れた電源を回復してみると、チベットの入国が厳しくなったとの連絡があり、かなり面倒な上、どうしても今行くこともないかと思い、キャンセル。
1. デプン寺、カンデン寺、セラ寺、ジョカンが入場不可
2. 外国人観光客はチベット内において、必ずガイドを同行させなければいけない。
3. 個人でのホテル手配をしてはいけない。
4. 入域許可書申請の際は、チベット滞在の日程詳細を提出しなければならない。

ビョークか?ビョークのせいなのか??
というわけで、北京行きの飛行機を取ってしまった都合上、北京+周辺観光に変更する。
大同行って雲崗石窟でも見るかな.....。

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Urban Plot MachineのT島君が地図データ上にプロットしてくれた都内のモスやらマックやらドトールやらスタバやらの位置に、その店のシンボルマークを置きたくて、それをパンフレットからトレースするために、昼飯を松屋で食い、ドトールとスタバに寄り、夕飯にマックを食って、各店でそれを漁ってトレースしたけれど、全部ネットに落ちてることが判明。ここやらここやらここやらに。さらにそれをフォントにしてる御仁が。メタリカとかニルヴァーナのロゴなんか誰が使うねんと思いながら狂喜乱舞。複製芸術時代万歳。制作者の無駄を顧みない無償の努力に敬礼。無駄にjavaでグリグリ動かしたりしようかな.....。
tameshi_cos.jpg

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「引っ越し」「チベット」「カメレオン」「各種の飲みイベント」が凝縮し、手に負えないと判断された3月の予定を間引くために「引っ越し」を「更新」に変更してしまった自分のいつも通りの無計画ぶりに、万歳三唱。修論提出数日前に引っ越しをしたY研の友人を心底尊敬する。まあ寒い狭いは我慢すればよいのだ。しかし「更新料」とは何のためにありしや。
北京・ラサ旅行計画中。しかし何かしら学術的理由を付けないと行ってはいけない気がする小心者のため、なきに等しい理由を捻出中。ただ、言うまでもなく北京ではオリンピック前の大開発中であれこれ面白い新旧対立的光景が見られるだろうし、故宮と長城と天安門広場だけはこの目で見ておきたい。ラサに行きたいのは青蔵鉄道から見える標高4,000m超のチベット高原の光景と、観光地ナイズされる前(もう最中だが)のラサを見ておきたいからである(本当はカシュガルあたりまで行きたいがさすがに時間とお金がない)。高山病対策もあり、最近こめかみと首に違和感があるからでもあるが、日常の飲酒習慣を減らそうという構え。T島シンドロームにはなりたくない。とか言っているそばから、徹夜明けにTゼミの打ち上げに参加し、昼から夜までエンドレスに飲む。T家4年ぶり。おいしいお料理ありがとうございました(グラス割ってしまってすみません)。旅行ブログ作ります。
ひとつのサーバー上でブログやらwikiやらが乱立してきて、どうも全てのドメインに「otakio」が入ってしまうことに対して疑問を持ち始めたので、新しくサーバーを借りた。そっち用に独自ドメインを取ったが、マルチドメイン対応なのでそのうちotakio.netもそっちに移転しようかと。
ひょんなきっかけで生まれた空間の気候的・地理的・文化的・経済的な特徴(差異)がその都市を発展させる/identifyするという見方が最もしっくりきているし、そのぐらいいい加減なものでよいと思う。今回のカメレオンでは「モビリティ(人や物資の移動量)」×「空間的特質」×「経済」で現代版「ゲゼルシャフト」の青写真を発表できたら、と思っている。研究室でやっているリサーチはあくまで建築家的(「ヴォリューム」「高さ」「床面積」「埋め立て」中心)で、建築家ではない僕は他にいくつか思うところはあるし、デザイン作業ばかりであまりリサーチ自体をやる機会がないので、精神的バランスのためにこっちを。が、目下製作中で発表に間に合うかどうか非常に微妙なライン。まあこのスリルはいつものことであるし、開催が二週間前に決まってそもそも間に合うわけがないのだから、完璧にしようとは思っていない(ノイラートだって最初からうまくいったわけではないと自分に言い聞かせる)。

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