Up On The Roof

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昼に芝浦に行ってそのまま泊まって次の日の夜に家に帰るか、ムサビで仕事した後芝浦に行って終電で家に帰ってまた翌朝学校、というパターンを結構な頻度で繰り返している。ある意味ノイ展の時より非道い生活だが、あちこちで仕事をしたり電車でレイアウト進めたりするのはどこか現代人っぽくて嫌いではない(幻覚)。本当はムサビの卒展についてあれこれ書きたいところだが、なかなか時間が許してくれないし、それほどたいした文章を思いついているわけでもないのでやめておくが、「こんなに面白い世界に僕はいたのだよな」、という年に一回の目覚まし時計が再び鳴ったことに喜びを覚えるし、勉強不足への反省と、皆々の才能への感服が今の私のエンジンとなっていることは記しても罪はなかろう。「賞」を貰った人たちは何もそれを疑うべきではないし素直に喜ぶべきだろうが、私もそうであったように学生たちは評価を求めてやっていたのではなく、自分自身と社会との間で発生するモヤモヤに、あのゲルト・アルンツの「ストライキ」の拳のシンボルのように鉄拳制裁をするためにやっていたはずなのであるから、そのプロセスに自分がどれだけ真剣に対峙できたか、ということが唯一の評価の基準であろうと思う。そのモヤモヤに決着がついたかどうかは必ずしも問題ではない。モヤモヤの大きさも人それぞれであるし、モヤモヤは本質的には消え得ないと私は今までの人生の中で感じている。ただ、自分が成長していく中で、その内なるモヤモヤに対して「こうなのではないか?」というクエスチョンマークを打ち出しつづけることのみが有効なのではないだろうか。私の記憶では、卒業制作は最初かつ特大のクエスチョンマークであり、自分の出発点をいつでも実感できるクエスチョンマークである。

何はともあれ、皆さん愛しています。

午前二時の視デ研より

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