今年も暮れですが、ずっとやってみたかったことをやります。
サム・ペッキンパー
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サム・ペッキンパー
.....いいんです、ペッキンパーが。
早くも来月に迫った卒制展ですが、そのパンフレットに載せる毎年恒例の研究室スタッフの言葉を書いてくれと言われ、100字という衝撃的な短さに四苦八苦しながらなんとか脱稿したのだが、ボツネタ20案を積み上げた挙げ句、最終的にちょっとぼやけた文章になってしまい、己の非力さに改めて苛立ちを覚えたが、そのボツネタのひとつに、小津の『お早よう』に出てくる子供たちと親の会話があった。テレビを買ってほしくてダダをこねている子供たちが父親役の笠智衆に「うるさい!お前たちは無駄口が多すぎる!」と言って怒られるのだが、その反論に「大人だって余計なこといってるじゃないか。コンチハ、オハヨウ、コンバンハ、イイオテンキデスネ、アアソーデスネ、アラ、ドチラヘ、チョットソコマデ、アアソーデスカ、そんなことどこ行くかわかるかイ。アアナルホド、ナルホド、何がナルホドだイ!」。どうもこの会話にコミュニケーションの本質がある気がしてならないと思い始めた僕は、さっそく『お早よう』のDVDを買って、来年はこのことを考え続けようと思っている次第であります。
昨今の涙腺ユルユル化現象は甚だしいものがあって、井口奈巳『人のセックスを笑うな』の予告編で土手を自転車で走っている女子を移動撮影で追っているショットが映るだけで涙腺がゆるみはじめ、そうした映画的感動ならまだしも、李相日『フラガール』においては、オッサンだらけの渋谷の名画座で嗚咽するという失態。このままでは涙腺がハスミ化してしまう。何らかの手を打たなければならない。関係ないけど『チャプター27』は悪くなかった。最初は編集が危うげだったが、ジャレッド・レトの一人芸にいつしか見せられていった。でもあのジョンはツイスト好きのオヤジぐらいにしか見えなかったぞ。『夜顔』は嘘としか思えない珍奇なレストランの一室で行われるミシェル・ピコリとビュル・オジェの老獪なダイアローグを、蝋燭と構図が演出する逸品。『犬猫』井口氏の『人のセックスを笑うな』は楽しみ。最近、小池栄子が気になって仕方がない。早く『接吻』が見たい。