1960年の「世界デザイン会議」とは、その出席者の出身国の割合からみて一目瞭然のように、やはりアメリカ合衆国と日本、そして少しずつのヨーロッパ人の会議であったといってよく、デザインを巡る言説が企業の経済活動の促進に重点が行っていることが少なからず目につく。「世界」とか「国際」とかいった冠がついたイベントが、その実、そうではないことは珍しくないのだから、そのことが必ずしも問題となるわけではないし、初めて大規模な国際会議を行ったことに現在も恩恵を被っているのだからもちろん感謝すべきであるが、日本における「デザイン」という概念の認識が、せいぜい50、60年代のアメリカ以上には遡れていない昨今の悲しき状況のまさしく源流となっているために、やはり由々しき問題であり、その会議は今改めて疑われるべき結節点なのではないだろうか。それを疑って来れなかったのはそれ以降の問題だが、我々は今、それを疑うことのできる地平にまで到達しているはずである。