2007年5月アーカイブ

日記を書かないのは、決して何かに落ち込んでいるわけでも鬱々と引きこもっているわけでもなく、むしろ状況は逆で、忙しくも刺激的な日々を送っている中で、考えをまとまった文章として定着する前に、もう少し思索に時間を割きたいという欲求の現れであるし、自分の報告をする場所=webサイトを非公開ながら他に2つ持ってしまっているからでもあるし、何しろ最近は、昨年までよりもオーラル・コミュニケーションの頻度が大幅に増加しているために、そちらの方を多いに楽しみたいという気持ちが現れてきたからである。口頭による伝達行為は、思索を巡らす中である種の迷いを切り捨て、「言葉にしてしまわなければならない瞬間」が存在する。僕はやっぱり、なんやかんやと話しを広げていくのは苦手のようで、話しを広げようとすると結局もとの話しに戻ってしまい、そういった思考も鍛えたいとは思うけれども、ただ単純かつ核心的なことを突くほうがナチュラルなようである。
研究室にいると、学部生の社会的・歴史的に無知で不器用ではあるが故に鋭利で直截的な意見を目に・耳にする機会が多く、その度に帯を締め直し原点回帰する必要性を胸に抱く。研究を続けるということは、物事を知ることの重要性と同程度に、物事を忘れ、自分の意見を強くする意志の重要性を伴う。何しろ、歴史というのはmisreadingの体系であり、本を読もうが所詮意見は自らの作り出すテクストの中にしか存在しないのだから、歴史読みの正確さなど「ほどほど」で良いのである。歴史読みの重要さは、事実の記述の正確さではなく、論理と議論の中にあるのである。ただ、歴史を正確に解きほぐしていく行為の中で、辿り着く核心的な重要物というものがあるのだから、ただ単に自分の意見を言いたいがために、いい加減に歴史を引用していいわけでは決してないのだ! と、今僕はこう書きながら自分に言い聞かせているのであるが。

最近の出来事:
芝浦が麻疹のために1週間半休校になり、そのためにできた余暇で多少映画を観れた。あまり期待をしていたわけではないが、「パッチギ」にはしてやられた。荒々しいがひさしぶりに活劇というものを見たし、誰しもが生まれながらに持つ、先人の行った過去に対して自分が悪いわけでもないのにそれを償わなければならないまでではないが、少なからぬ罪悪感を持たなければならないという何とも馬鹿馬鹿しいジレンマを描き出しているではないか。「ゲロッパ」にあった停滞感もなく、テンポの良い編集に、いつしか映画に参加してしまった。「スパイダーマン2」は随分とB級だった。摩天楼をブランコ的運動で飛び回る爽快さは否定できないけれども。

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博士課程に入り、サブゼミ一つの舵取りを任され、建築系とグラフィック系の間で重なる線を見つけながら、お互いに教えあったりしている刺激的な毎日を送りつつ、建築系に囲まれるとやはりグラフィックデザイナーという役割が強くなるため、ホームページを作ったり、ネットワーク関係を整備したりと、久しぶりにハードに手を動かす日々を送っている(おかげでphpが少しいじれるようになった)。その上、弟のバンドのシンボルマークを作るという依頼が来て、彼らの音楽を聴いたことさえないのに、「ポップスターな感じにしてくれ」といういかにも漠とした指定と、「蝉を使ってくれ」という即物的な指定と、メンバーは3人でボーカルが弟だという、たった3つの数少ない情報の中からデザインを行った。蝉とゴキブリは紙一重であるし、蝉はよく見るとかなりグロテスクなのだから、なかなか苦労をしたが、自分の中にないものをひねり出し、なんとかポップスターな感じになった(だろうか)。そういった中で、図書館に頼んで再びノイラートやリシツキーの貴重書を出してもらい、芝浦の学生と研究室のスタッフ達で見たり、ノイラート展用の資料を視デのM1と制作した。ノイラートの「Gesellschaft und Wirtschaft」の100枚のダイアグラムで扱われている主題は、我々が今どういった地平に立っているのか、というオトレの「世界博物館」のプログラムと正確に重なるが、そこで選ばれている100枚の主題(2枚は図表化の解説だから正確には98だが)は、社会経済学者としてスタートを切ったノイラートの才能を全面に開花させているものである。やはりこの図集は驚異的なのだと、再び胸元がすーっとする感覚を覚える。来週の火曜日には、京都大学でオトレの「世界都市」の元ネタであるアンデルセンの「世界コミュニケーションセンター」の特大本(貴重書)を見せてもらえる。せっかくの京都だが、次の日が仕事のため日帰りしなければならないのが残念である。かれこれ、かつてないペースで動いているが、そんな日々の癒しは「テルメ小川」である。
ではまた。

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