2006年11月アーカイブ

復調を宣言したものの、体調がまだ外界の寒気に対応できず、外出しようと思って数分ほど歩き、震えや差し込みを覚えてこれは無理だと判断し、急いで引き返す日々が2日ほど続いた。というのも待ち合わせや仕事など社会的な用事が全くないから大事はないのであるが、今日は展示資材の申請をしなければいけない期限だったので、ただ用紙に氏名とクリップライトの数「35」と書いて提出するだけのために学校に行く。ついでに図書館に本を返す。
途中でTPカトケン氏に会い、例のフランス図書館報告会をやるらしいとのことなので、論文に関係もあるのでいい機会かと思い、ふらっと顔を出す(呑気)。最後に本庄さんから新図書館構想の議論が出たが、資料は活用されない限り死蔵となり、作家は歴史的に死に、図書館は単なるブラックホールと化すので、どんどん使いやすくしていただきたい。今もできるしお世話になっているが、他大学の所蔵資料や、特に外国の書物・論文などを入手するための図書館ネットワークをできれば国際的規模でつくりあげてもらいたい。国際統一OPACも。ムサビをはみだすが、どこかが統一して(古い/価値ある)書物のデジタル・アーカイヴ化(pdf等で)をどんどん行ってもらいたい。何しろ複製だろうがなんだろうが入手できないと研究が進まない。また、美術的価値のある本(書物史的資料、印刷、ブックデザインなど)を展示する、書物の博物館(美術館)があってもいいと思う。無茶を言えば、美術大学なのだから、展示の博物館があってもいいかもしれない(無理だな)。あとは、検索だけではなく、人力のナビゲートがこれからの鍵ではなかろうか。例えば、「Corbusier」でOPACを引いてみて、どれを読んだらいいかが最初は全く分からない。各教授がそれぞれの専攻分野での書物を関係づけ、単なる「推薦図書」レベルで1、2冊紹介するのではなく一挙まとめて、コメントつきで学生(利用者)向けに提示できればよいのでは。それと、教授陣は長期に渡って借りている本を返す事。など、権利関係の裏事情を知らない、暴論気味にて失礼。
ここ2日、多木浩二『「もの」の詩学』を読んでいる。買ったのは書物山の位置から推測して、今年春ぐらいだと思うが、美術館・博覧会の成立や、秋にヴィスコンティの『ルートヴィヒ』で見た狂気の「ルートヴィヒ2世」の事などが書いてあり、今、この本との第二の出会いを目を見開くようにして体験している。僕が、この人達だけは面白いと思っている二人、蓮實さんと多木さん(本人同士は相容れないのか?)はもはや教壇には立っておられず、教えを受けられない事は残念な限りである。それはそうと、近代デザイン史から観察点を引いて人類史的視点に立つと、いかに現在の「想像力」が、制度化され、矮小化されているか、あるいはいかにシミュラークルの繰り返しになっているかを切々と感じ、と同時に、前近代、中世、あるいはそれ以前の「もの」の未分化あるいは暴力的なまでの無垢さ、異常なまでの拘りなどに魅了されずにはいられない。人類史的スケールで「もの」と人間の関係を考え、そのおよそ結論の出ない繰り返しの中で、人間の能力の豊かさを毎度揺るがせながら、デザインをやっていく、というのが現在の理想の姿である。
それにしてもコルビュジエを記述できる気がしない。あるいはデザイナーの言葉など、よくわからなくて然るべきなのかもしれない。特に肉声の作家なのだから、理屈にかなわなくてもしょうがないのだが、如何せん記述しなければならない。その点、八束さんはすごい。
深夜に何やら駄文を書きすぎた。

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今朝方、ほとんど回復する。敷布団を干そうと、ひっぺがしてみると、布団の表は何ともないのに、裏がびしょ濡れ。マットレスの青が染つってしまった。ポカリ1本分の汗。これがほんとのポカリスウェット。洗濯と掃除を済ませて、服を買いに新宿まで行って、何を買うわけでもなく本屋とビデオ屋をうろつく。病み上がりには寒かったので、喫茶店で一杯やってから帰って来る。昨日行ったかなり古株っぽい内科のおやじが下村先生にそっくり。マスクをしているところまでそのまんま。心境は複雑であった。それにしても、夕張のあのテーマパーク、特にロボットはひどすぎる....。悪しきミュージアムの典型だな...。

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一昨日夜から下痢と頭痛で寝込む。何か変な物食べたかな...。おかげで普段後回しにしてる本を読む気になったけど。マティス展トークに行きそびれた...。毎年この時期に大学院生は(けっこうひどい)病気になるので、大学院病と名付けよう。

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最近の驚き:

新渡戸や二葉亭四迷だけでなく、田園都市計画家エヴェネザー・ハワードがエスペランチストだったこと。
この時代に急増した国際科学会議や国際教育現場でエスペラント語が頻繁に使われていること。
(あの)ベルグソンが国際連盟の知的協力国際委員会の委員だったこと。

新正卓展の、9号館下の変貌ぶり。
訪問教授マティス氏の非形式主義的なポスター制作思考と、生のドイツ語の響き。
実はそれよりも、勝井御大の、言語を超越したインターナショナル・コミュニケーション能力(?)。

夜学校から帰る時、異常に寒くて自転車に乗るのを途中で諦めたこと。
「てんや」の牡蠣が驚くほど不味いこと。
昨日寝冷えした事。
これ↓
http://www.musabi.co.jp/goods/999018/l01.html

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旅記が残すところ3日あるのだが、正直書く時間が全く無いので、最終日に撮った写真を載せて、ひとまず延期とする。

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学校でずんどこ研究していたら、夕方頃、背後でドアが開く音がして、振り向くとそこには、視デ卒でRCAに留学して現在はロンドンで働いている田中さんが笑顔でこちらを見ているではないか。いるはずがないが現にいることを知覚しているので、帰省して来ているのだということを瞬時に認識する。ビザの行進などのために昨日戻ってきたらしく、先週買ったと言うNintendo DS Liteを院部屋のネットワークにつないだりしながら、色々と向こうの話しを聞く。その後授業のある古堅さんと3年生2人を交えて喋る。RCA卒業したら一生金には困らないという一般的認識があるらしく、現に友人の多くは日給5万円や6万円以下の仕事はしないと決めていたらしいし、実際に就職したらしい。しかも日給というのは1日8時間のこと。日本のデザイナーの労働状況と比較すると、恐ろしい。それにしてもよく喋りますね.....。

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この間の発表で、ルドゥーがサン・シモン主義者だと口走ったけれど、時代が逆でした。「ルドゥーはサン・シモンの出現を予見していた」(by ベルナール・ストロフ)が正しいです。思想的には関係していることは間違っていないので、話の大筋は外していないけれど、こういういい加減な発言から来る間違いはよくやってしまうので、改めたいです.....。

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昨日。
朝6時に起きてしまったのでスーパーへ行って買い出しをし、パン屋「ティアラ」でパンを買い、家に帰ってホテル風の朝食を作って食べる。スクランブル・エッグがそぼろになった。9時頃から学校に行き、院部屋で研究。12時30分から寺山先生と面接し、進路関係について話す。その後、9号館の喫煙所で中野さんに会い、マティス展の図録を見せてもらう。私などは凄さを正確に読み取れないが、素晴らしい。学食で麻婆丼を食べた後、院部屋に戻って作業再開。そうこうしていると図書館から電話があり、「ノイラートが届きました」とのこと。早速行ってみると、高山洋吉訳「現代社會生態圖絵」(1942)がそこに。「Modern man in the making」(1937)の邦訳で、おそらく全訳ではないが、しっかり図版も邦訳されて載っている。かなり早い時期(しかも戦中に)入って来ているのが興味深い。その後院部屋で再び作業。19時頃研究室に行くと、斎藤先生がいらしたので、「商店街の時間」展について談話。さらなるシリーズを他の場所でもどんどん仕掛けていただきたい、と観客としては勝手に思う。偶然古堅先生がいらっしゃったので、進路の旨を伝え、色々アドバイスをいただく。最近は皆様の暖かさに涙が出る思いであります。自転車で、途中でラーメンを食べながら家に帰り、弟から変な電話がかかってきた後、親と話し、すぐ寝る。夜中3時にまた親の電話で起こされて、寝れなくなってしまったので、一カ月越しにムンダネウムにお礼のメールをし、翻訳をやりながら再び朝を迎えた。ふらっと紅葉でも見に行きたいです。気持ちだけは。

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