2006年9月アーカイブ

旅行のことについて書く前に、旅行前夜について書かなければならない。
その夜、オトレ関係のフォルダを開こうとしたら、フォルダが無い。ふと数日前にゴミ箱を空にしたら何百というファイルが消えていった光景が瞬間的に頭をよぎる。しかし私は落ち着き払っていた。ふと噂に聞いたことのある復元ソフト(サルベージソフト)をvectorで探し、即座にダウンロードする。しかし起動ディスクはサルベージできないため、CD-Rに焼いてから、CD起動で復元するとのこと。しかし、私のpowerbookにはDVDは読めるがCDRを焼く機能がついていないという反時代的な事実が判明。iPod起動も試そうとしたが、USBではなくFirewireでないとダメとのこと。時刻は出発前夜の深夜3時。飛行機は10:50発。急いで2人の友人にメールし、1人に焼いてもらうよう頼むが、うまくいかず。そこで思いついた、深夜でも起きていそうな友人、すなわち初台の松井氏に連絡する。案の定起きていらっしゃった。神。焼いてもらっている間に僕は自分の荷物をまとめ、6時の電車で松井氏の事務所を訪問し、CD-Rを受け取り、成田へ。BAはいつもどおり遅延になり、11:30頃離陸。出国前と約束していた財団のレポートを書くことは叶わず、渡航先でまずサルベージを行わなければならないという悲しみを胸に、いつも以上に揺れる飛行機で眠りに就いた。

毎日ブログを更新しようかと思ってみたが、1つめのホテルではネットがつながらず、今日からのホテルではなんとかつながるが電波が不安定なので、気が向いたら更新する。まだサルベージが終わっていない。

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旅行は行く前と帰ってきた後が忙しい。
宿の手配、訪問先のアポ取り、日程のツメ、必需品の購入、資料の整理などはもちろんのこと、学校の課題、財団レポートの締め切りなどてんやわんやである。溝口健二映画祭には、未見の「祇園の姉妹」だけにはなんとか駆けつけたが、もはや映画を観ていることに後ろめたさを感じる季節になってきたので、今後は(ほぼ)映画絶ちする予定である。蓮實さんであっても、博論を書くときにはゴダールとジョン・フォードの新作以外は映画を絶ったのである。うむ。しかしそれにしてもこの映画祭パンフは相当充実している。蓮實さんの溝口健二試論と香川京子・若尾文子インタビュー、写真満載、そしてフィルモグラフィーまでついて1000円。ここまでまとまっている溝口健二の文献は書籍を含めて他を見渡してもないのでは。そうこうしていると、ようやくムンダネウムのマンフロワさんに状況を聞くことができた。伊原さんから聞いていたように、やはり整理中らしく、その場で取って出して、という感じらしい。3、4日行かなきゃだめだろう。テレビをつけたら、競馬の凱旋門賞が10/1に開催されるらしく、僕はちょうどパリにいる。そしてディープインパクトが出る。行くべきか死ぬべきか。死ぬべきかな...。ブリュッセルではムンダネウムに行く日以外はたいして見に行くところがないなあ、と行く前から退屈していたが、アール・ヌーヴォーと言われるヴィクトル・オルタやポール・アンカール、O.v.リィセルベルグ、ギュスターヴ・ストローヴェンの建築を巡っておられる方のサイトがあったので、それを案内に巡ることにする。もちろんオトレ邸を含む(アンリ・ヴァン・ド・ヴェルドのインテリアが見れない!)。ちょうどよいバスツアーもあるし。あとはブリューゲルと象徴派は必見。時間があればデン・ハーグのマウリッツハイスにフェルメールとレンブラントを見に行きたいところ。

今日は、高校のバドミントン部の同期の志水さんと一個下の前田君と会って、上野の焼き鳥屋で飲んだ。地元の友人と会うのは、大学入ってからの友人とはまた違う気の置き方になる。前田君は薬学部のM1で、色々と病院や薬剤関係のウラを教えてくれた。風邪を引いてから葛根湯を飲むと悪化するとか、新薬投与のバイトはかなりヤバいことなど、色々と。次は四人集合をめざす。帰りにトーマスクックの時刻表とロース『装飾と犯罪』を買って帰る。読む時間あんのか。ないだろ。

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・誘われて、パパ・タラフマラの『僕の青空』を観に行った。田中ミンさん以来の身体表現鑑賞。評価は不能だが、アフォーダンスや記号論の実感がフッとやってきた。身体の自由。物の自由。頭で分かっていても、猛烈な実感がある時やってくることがある。この間も、「ライティング・スペース」ということの実感が、孔子時代の議論の仕方の話を聞いているときにやってきた。「メタ認知」ってやつか?まあ、何にせよ、今はちょっと踊ってみたい気分です。

・グレン・グールドのバッハ『ゴルトベルク変奏曲』の再録盤が届いた。初録盤を最近移動中にずっと聞いていたが、解釈によってこうまで演奏に幅が出るものか。この人の生きている時代に生まれなかったことが悲しい。

・オトレの伝記と取っ組み合っているが、オトレは大金持ちだった、というのは間違いだった。いや、確かに大金持ちだったのだが、彼が大学を卒業し弁護士になる頃には完全に没落して借金すらしていた状態だったようだ。

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たまにはいいことがたくさんある。

・夏の休暇に韓国に帰省していたM1のイさんとキムさんから韓国海苔とイカチャンジャを貰う。好物なのでありがたい。
・坂本を除いて日本でほぼ唯一のグラフィックデザインからのノイラート研究者の方から、僕が以前書いたレポートに関してコメントをいただく。日本語の文献が少ない中、氏の論文を読んでいなければここまで興味を持っていなかったかもしれない。心細くやっていたオトレ研究がネットワークを作ろうとしているところに、感動をおぼえずにいられない。と同時に、インターネットは怖いな、とも思う。
・今年春に卒業して韓国で働いているナムさんが出張で日本へ。突如その知らせを貰い、新宿「春秋」で坂本と一緒に鼎談。忙しいそうだが生活も安定してきたそうで、良い限り。伝統的な韓国菓子を貰う。韓国の生ビールは泡がまずいそうな。
・Google Scholarというのをよく機能もわからずに試しに「otlet」と検索してみたら、ずーっと探していたが見つからなかったオトレの最重要文献『ドキュメンタシオン論』がデジタル画像でpdf化されていたのを発見&ダウンロード。なんとか文字も読める解像度。いやはや、世の中凄いですね。死後50年経ってるし著作権問題無し。50年経ってるのに一部しかコピーさせてくれない某国立大図書館とは違う。絶版資料なんかどんどんコピーして研究資料にしないと神話化か埋没が進む一方じゃないか。著者を守る法律じゃないな。

というわけで、明日からもがんばります。
「歴史をやって何になるの?」と臆面もなく詭弁を吐く人には徹底的に反抗して黙ってもらうという決意をしました。

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ウェス・アンダーソン監督作品いいですね。
『ロイヤル・テネンバウムズ』と『ライフ・アクアティック』を観ました。
行った事ないけどアメリカだとは信じがたい光景も映し出されますし、美術にもなみなみならぬ拘りが見えますし、音楽もいいですし、なにしろオフビートな笑いってやつがじわじわ効いてきます。あの情報量は2回ぐらい観ないと把握できないですね。実際に引用もしていますが、オーソン・ウェルズやルノワール、トリュフォーあたりを想起させて、また良いです。見慣れていたはずのグウィネス・パルトロウが嘘としか思えない輝きを放っています。ビル・マーレイは言うに及びません。これがアメリカ人監督の仕業とはにわかに信じがたいです。次は『天才マックスの世界』を探そう。

.....ちゃんと研究してますって。

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漸く夏らしい空になったと思ったら、もう夏は終わってしまったらしい。漸く研究以外の仕事が終わったと思ったら、夏休みは既に終わってしまったらしい。海にも山にも行ったわけではなく、二度の花火大会と、上京した親に馳走になった以外はひたすら自宅と語学学校と勤務先を往々復々した夏。これだけで要約できてしまうほど、単調な反復の夏であった。唯一とりたてて挙げるとすれば、3日前の某学会研究発表会を拙いながら運営したぐらいである。もう三週間経てば、僕はオトレの故郷にいる。四カ月半すれば僕は論文を仕上げているはずである。少々焦燥感が募れど、地道にやるしかないのが研究である。「理解すること」と「理解したつもりになること」の隔たりは遠かれど、それ無しには明日はない。もう雑音は耳に入らなくなった。後は自信を持ってやるほかはない。
そう言っている間に、またレポートの締め切りが近づいてきた。

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今日は明日に備えて宮崎駿作品を見直そうと思い、『ルパン三世カリオストロの城』と『風の谷のナウシカ』を観た。ナウシカは小学校ぐらいの時にTVを録画してそれなりに何度も観ていたが、あの頃はこの映画の「ストーリー」なんざ全くわかっていなかったことに気づく。今見てもなんとかっていう独特の言語の国の名前が口にされるだけで空間的な配置は全く分からないが、なにかを目的に国々が争っている(まだよくわかってない)。しかしさしあたってそんなことはどうでもよく、当時僕はアニメの見方を知らず、何かよくわからないものと戯れるようにして「ナウシカ」を観ていたことが思い返された。問題はその無知ながら戯れる、という状態が、物事との本当のふさわしい体験なのではなかろうかということである。実際、近頃フランス語を修得しようとあれこれ手を尽くす中で体験される、言語を修得するという過程との貴重な戯れは、日本語を使っている中で制度化されてしまった、言語に対しての思考をとてつもなく揺さぶる。それについては今日読み終わった蓮實重彦氏の『反=日本語論』を巡っていずれかくことにしたいが、その制度的思考態度が、アニメを観る、という体験についても当てはまっていたことを今日、「ナウシカ」が、あるいはそれを通じて蘇った少年時代の体験が、教えてくれたのである。
明日はカメレオン・プロジェクト・コロキウム2006である。未知なるものとの無知なる戯れを期待しつつ、束の間の眠りにつこう。

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プロフィール

  • Akio Ota
    Motion Programming,
    Urban Visualizing,
    Hand-made Electronic Musical Device
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