ここのところは、フランス語と、ベルギー行きの必要資料リストを作っています。
ネット上でブリュッケ運動の1913年の参加者リストを発見したのだが、オトレとエルンスト・イェック、オストワルトらの名と共に、なんとドイツ工作連盟創設者ムテジウスとペーター・ベーレンス、カール・シュミット(シュミット・ヘレラウ?)らの名がある。これらからイージーにも推測できる事は、かの有名な1914年の工作連盟規格化論争(ムテジウスvsヴァン・ド・ヴェルド)に現れている「国際規準化」という考え方は、このブリュッケの中に既に発見されるという事である。彼らの参加の度合いは読み込みが必要であるが、その後1929年にオトレからノイラート、イェックを経て、「新時代」展という形で再び絡み合うこの2潮流(工作連盟とオトレ)の、思想的関連をあれこれ推測せざるをえない。
そもそも、去年の今頃、ドイツ工作連盟のレトロスペクティヴの図録を見ていて発見した「新時代」展(実現はされなかった)のコンセプト・ダイアグラムが、ノイラートの思想と非常に共通している部分があるではないか、という直感は、今考えると、オトレにあったサン=シモン的流れにある全学問の統一的な組織化の考え方が、ともすると、ノイラートに伝わり、あるいは、イェックに伝わり、工作連盟の「新時代」展にもたらされたのではないだろうか、と考えるのは、不自然ではない、かもしれない。
少し前後左右を突っ込んでみよう。
色んな線で歴史を見ていくと、いつかこんな風に面になるのだなあ。
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