先週月曜からヴォスギアンの「世界博物館の言語 : オットー・ノイラート、ポール・オトレ、ル・コルビュジエ」を全訳していたら、週が明けてしまった。
ついでに梅雨も明けた。
フランス語はクラスが変わり、13歳の男の子と、多摩美の美術史の女の子(!)と一緒になり、先生はゴダールの映画に出てきそうな格好をした日本人のおばさんになった。先生が日本人かフランス人かでは、良くも悪くも随分違う。そもそも僕はなぜか女の先生の授業が昔から苦手なのだが、今回も例に漏れず調子がでない。こんなことを書くのも、単なるちょっとした通い疲れで、実際は順調に習得している。教室の隣がアテネ・フランセ文化センターで、映画のチラシがいっぱいおいてあり、ウキウキする。そういえば9月から溝口健二の没後50年でレトロスペクティヴが全国で行われるらしい。行く、とは言いませんが、行きたい、ので、こっそり、行くかも、しれません(不良学生)。
コロンビア大学の建築科で教鞭をとっているヴォスギアンのこの論文は、ノイラートが1930年代に構想している、「規格化された博物館を世界に複製する」という考えが、1929年からのオトレとのやりとりがあってこそ生まれたものであり、また、ノイラートとコルビュジエとの間も、オトレを間に挟む事で、思想を共有しているという論旨であった。修論に政治学者エルンスト・イェック指揮のドイツ工作連盟「新時代」展計画も入れたくなってきた(まあドイツ語だからそんなに突っ込んではやれないのだが)。
そろそろW.B.Rayward氏のオトレ伝記に目を通し始めようか。旅行の日程も建てなきゃ。
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