2006年7月アーカイブ
10時からアテネフランセでフランス語教室記念すべき第一回。思えば春休みから行く予告をしていたのに、のびのびで夏休みに。もうちょっと早くやってればと思う部分もあるが、まあ前向きに考えましょ。
今日はニコラ先生のもとに、
・親の転勤でフランスに住む予定の男子高校生
・出張でフランスに行くかもしれない新聞社の男の人
・彼氏がフランス人の女の子
・バスク地方について知りたい、スペイン語を既に習得した女の子
・フランスに行ってお菓子作りを習いたい女の人
などが集まり、ボンジュールから「パリ行きのバスの切符一枚ください」まで3時間やりました。まだ学部時代のフランス語のアドヴァンテージがありますが、そのうちなくなるでしょう。
その後は財団に行って夜までVossoughian「世界博物館の言語」の抄訳。明日からもがんばりましょう。
昨日は大学院の研究経過報告会でありました。
やってきたこと、と、やるべきこと、が明確になったような気がします。
どこまで達成できるかはわかりませんが、かなえられるよう、邁進したいと思います。
報告会の後は、院の1年生主宰でパーティーがありました。
三嶋先生や及部先生と話をしたり、楽しい会でした。
気づいたらまっすぐ歩けませんでした。
及部先生のコニャックと、泡盛が効きました。
久しぶりに泥酔です。
今日は昼過ぎに起き上がって、ひさしぶりに洗濯をして、その間になんとなくキューブリックの『バリー・リンドン』を観ました。
その後、夏休みは学校が自由に使えなくなるので、置いてある資料を財団に移転することにしました。
財団に行って、徳井さんの名刺を作りました。
おなかが減ってきましたが、昨日大量に食べたにんにくのせいで、体内から香しい匂いが醸し出されてきます。
そんな感じで、発表翌日を終わりたいと思います。
来週からはフランス語教室通いがはじまり、今月中に必要な資料リストを作らなければいけません。
凪いでいるのは今日だけにしなければいけません。
というわけで、それではまた。
国際メディア研究財団マンスリー・レポートにてオトレについて書き始めました。
拙いですが、書きためていきます。
興味がおありでしたら、お読みください。
No.00 イントロダクション
No.01 ポール・オトレと現代、および彼の概要
いやはや、何かと計画を壮大にする癖があるようで、良いのやら悪いのやら。
昨日、八束さんにもらった『世界都市』の和訳を読んでいたのだが、オランダ近代建築の祖ベルラーヘや、あの田園都市計画のハワードと関係していたという事実がわかり、さらにいくつかの建築家との関わりがあったことが判明し、「世界都市」計画のいきさつが判明してきたのだが、その壮大さに一瞬首を傾げたくなり、さらに、まだ書かれていないオトレ論を研究資料、フランス語能力ともに劣る私が書けるものか、書くとしたらどういったアプローチが有効であろうか、などとぐるぐる考えてるうちに研究疲れが出て、うつぶせになって這うように寝る。
今日も少々それをひきずっていて、「10+1」4号の多木氏チャイナタウン論と八束氏千年王国論を読んで興奮するものの、ベイトソン『精神の生態学』を探しに国分寺マルイの紀伊国屋なんぞに行ったのが間違いで、まさに書物の分類の方法で本屋中をたらい回しにされ、挙句の果てにベイトソンは置いてなく、こんなくだらない本ばっかり並べ立てるぐらいならベイトソンの一冊ぐらい置いておけ、思想がなければ本屋などやめてしまえ、などとつぶやいてみたくもなったり、もやもやがとれない。こういう時はやはり食事だ、とうなぎでも買おうと思ったがさほどうまそうに見えないスーパーのうなぎに千円強を払うのはバカバカしいので、伏見唐辛子と縮緬雑魚の炒め煮、なすの素揚げ、ゴーヤーチャンプルなぞを作る事にする。家に帰って食べたらなんとなくやる気が出てきたので、論文の目次なぞ書きはじめてみる。いつになっても大きなことをやろうとするときには逡巡と葛藤がつきものである。
やっぱり一番面白いのはオトレの書物論だ!
火曜
新宿でノイラート研。井口氏から前週のつづき。坂本女史からNaderの博士論文の最終章。
授業後、八束先生、寺山先生、菊池氏、豊川氏、坂本女史、私でPRONTOにて談話。アムステルダム・ブリュッセルでの研究旅行のために論文テーマの絞り込みと資料のチョイスをせよ、とのミッションをいただく。
水曜
午前、河村氏の発表。
午後、堀口先生の授業。
授業後、まっつんと、やっと第二回になるSMOを執り行う。僕から17C、18Cの世界編集をめぐる歴史。まっつんからエンゲストロームの「拡張による学習」の要約。学習がここまで学問対象になるのか。おもろい。ベイトソンを読もうかしら。
昨日
2限、デザイン論特論1
13時に学校を発って東大本郷キャンパスの法学部図書室へ行き、Otletの「Sur la creation d'une Universite Internationale」(国際大学の創設について, 1920)を閲覧。1910年頃からはじまる国際生活のための国際組合の一環なのであるが、この資料の時点で、既に整備されている国際的な連盟や協会などが相当な数におよび、まだ浮かび上がってこないオトレの1910年〜20年代中盤の活動の中に、うごめく魂たちを感じざるを得ない。
16時頃東大を出て、アテネフランセでついでに入学手続きを済ませ、18時すぎに学校に戻ってカメレオンコロキウムの準備委員会に参加。
21時頃、研究室の人たちと焼肉に参加。
今日
四限、論理学。両刀論法について。
授業後、書庫に入ってコルビュジエ全集をドサっと棚から出し、横にあったオットー・ヴァーグナー、ハンネス・マイヤー、ミース・ファン・デル・ローエなどの図版集にちょっと浮気をしつつ、2時間半ほど粘る。いつも書庫の気候に居心地の悪い思いをする割には、今日は長引いたほう。建築図面の読解能力はあまりないのだが、マイヤーのジードルンクもなかなか興味深い。ヴァーグナーのユートピア的博物館都市のプランをついに見つけた!明日読み直そう。
書庫から出て、麺道場で会食し、院部屋で八束さんが抄訳してくれた「世界都市」を読み、終電ぐらいで帰る。
XCodeでJava AWT Applicationを新規に作ると、そのままビルドしても例外が出るようになってしまった。ナゼ?
・9月の旅行で手に入れる資料のチョイス
・論文の中間発表
・某連載
等の所与の急務により、論文の索引ぐらい作ってみなければならないのだが、こんがらがってる動機の糸を何本かに分け、再びヨリ直してみると、
・協調的世界のための知の組織化のための装置(普遍十進分類法から普遍書誌/図像/百科目録、ブリュッケ、世界宮殿/ムンダネウム、国際連盟、N.O.P.、「世界都市」「普遍書物」まで)
→文脈 : パスカル、ライプニッツから百科全書、博物誌、分類法、計算機、論理学、フランス啓蒙思想、国際連盟、コンピューター、大戦後の世界情勢、ハイパーテクスト、EU、インターネットまで
=オトレの目指した世界像とその装置はなんだったのかを明確にし、関連する人物や思想を交え、いくつかのエピソードで。
→今日的な意味は
→再評価にもつながる
こんな感じ?
しかしこりゃ壮大だ!
概説に終わらないようにしたい。
最近
・秋山仁氏が来校されたので講演に行く。
・ラインゴールド「思考のための道具」読中。
・市ヶ谷でバッタリ会った同期の原氏@ソシオメディアと飲む。
・ルノワール「ゲームの規則」を見る。笑う。
・財団に「phonetica」の徳井氏、着任。
7月24日〜8月19日まで、月-土と毎朝アテネフランセに通う事になりました。規則正しい夏休みが送れそうです(秋からも定期的に通います)。フランス語と英語が話せるようになればなんと楽しい事だろうか!




