2006年5月アーカイブ

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昨日の夜は、夕飯に摂取した大量のにんにくのせいか、夜中に頭が冴えはじめて興奮して寝付けず。
明け方に2時間ほど寝て学校へ。

10時から佐藤の研究発表。

昼、堀口さんの授業で、僕がリード『アフォーダンスの心理学』2章の要約を発表。
アフォーダンスは動物がいなくても存在する、という考え方を認識。

夕方、カメレオンコロキウム関係の作業。

夜、松井・坂本・大田で第一回、自主的研究経過報告会。
とりあえず報告会の名前は、それぞれの頭文字をとった「SMO(スモ)」「MOS(モス)」、もしくはプラグマティズムのはじまりから引用して「形而上クラブ」のどれかになった(というかどれでもよい)。
まっつんから今読んでるジョン・デューイの話。
啓蒙主義、百科全書派、プラグマティズムあたりの歴史的関係を整理してみないと。
その後僕からBührerのブリュッケ運動の基本原理とオストワルトの「体系 the system」、ノイラートの「百科全書主義(「円環知主義」のほうがいい?)VSピラミッド主義」などをめぐって議論。
「啓蒙」のための「諸科学の結びつけ」の方法としての「分類」や「体系化」「組織化」、あるいは「普遍言語」などの問題が19世紀終わりからギューっと盛り上がってグリグリっと第二次大戦前周辺までとぐろを巻いて起こっている。
整理して差異と類似を明確にし、オトレを位置づけなければ!

さて、歩いて帰ろう。

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昼過ぎから新宿サテライトでノイラート研。
八束研の真鍋さんからOMAの「CCTV」をモチーフに建築のモデリングについて論じた論文と、昨日の夜に急遽やることになったまっつんが発表。

研究会の後、僕はまっつんの共同事務所へ行って、彼が寝ている傍ら、E.リードの要約作り。
道すがら、研究経過報告&共有会を定期的に制度としてやろう、という話になって、勢いで明日やる事になる。
20時頃、大橋藤井が来て烏山関係の本の校正をやっていた。
22時30分頃にまっつん行きつけの「香港園」で軽く飲みながら世間話をして、帰る。
中央線は終電が遅くていい。

オトレとオストワルトは佐藤氏の論文を読む限りでは直接的な関わりは(あったけれども)薄いが、当時の図書館が「国際的に」連携して普遍的書誌、ドキュメンテーションおよびそのプロトコルを作ろうという運動が高まっていて、それにオトレはもちろんオストワルトも関わっていた事は確かなようである。
昨日見つけたノイラートの訳文では、集めた書誌の体系付けのやり方に対して「百科全書的VSピラミッド的」といった比較と批判があったが、それはまた別の話。

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まっつんの共同事務所の川又さんのデスクより(無断)

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昼に武蔵小金井の駅近くに見つけたパン屋「クラウン」でパンを買い、財団へ。終始Galisonの「Aufbau/Bauhaus」の抄訳を作る。
要するに、デッサウ・バウハウスとそこに呼ばれたルドルフ・カルナップとの間に、「美学的なものの排除≒形而上学の排除」「シンプルな幾何学的要素から立ち上がる形≒経験に基づく科学的世界把握」といった類似点、相互作用が生まれ、それらが本質的にインターナショナルであったのに対し、ナチスやドイツ哲学協会が国家主義的、宗教的な神、国家、民族といった形而上学を持ち出して台頭したので、ノイラートを始めとするウィーン学団やマイヤーをはじめとするデッサウ・バウハウスは弾圧されてしまった、という話(学団やバウハウスの内部でも対立はあったが)。カルナップやノイラートによる実証主義の議論が出てくるので、なかなか文章を省けない。抄訳はやっぱり文章改変したらダメなのかな?

夜、山田君と東京理科大に侵入し、食堂で明太子スパゲッティ400円を食べる。軽く2人前の量。もう既に2度程来ている山田君の言っていた通り、メニューサンプルに並ぶ種物付きの蕎麦系が200円代と異常に安かった(鴨まである)。
まわりを見渡すと、9割以上が男子。ムサビとは驚く程違う光景である。

23時頃小金井に帰り、2時頃までデニーズで粘って抄訳をほぼ終わらせる。
帰ると桂英史氏の『図書館建築の図像学』が届いており、薄い本だが、ぱらぱらとめくる限りでは図書館建築と図書館の捉え方の変遷を豊富な図版で見せていく中でメルヴィル・デューイやオトレのことに2章を費やしており、僕の今の研究に広がりをもたらしてくれそうな感じはする。
この方は多木+八束期の「10+1」に寄稿されているので、八束さんはご存知かどうか聞いてみよう。

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昨日通った例のCMのロケ地より(もうちょっと右を向きたかったが、枠の右にはホームレスの人がたむろっていた...)

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理科大の明太子パスタ

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昨日はトリュフォーの『華氏451』を視た後寝る。
失敗作と彼は言うが、これはこれで愛すべき作品。
ダリの作品集がペロペロとめくれるところと、花がしぼむように綺麗に1ページずつ燃えていく本がgood。

昼に洗濯をした後、日曜日は出かけないと気がすまなくなったようで、うずうずするのでとりあえず論文を鞄に詰めて出かける。
何やら祭をやっている様子の武蔵小金井駅周辺をよそに、中央線に乗って四ッ谷で降り、四ッ谷からアテネ・フランセを経由して神保町まで歩き、文房具屋でファイルを物色した後、喫茶店でGalison「Aufbau/Bauhaus」の抄訳を作り始める。
最近、電車の中や出がけの喫茶店などでゲリラ的に作業をしはじめることに楽しみを覚えはじめてきた。

17時30分から岩波ホールでジャンニ・アメリオ監督『家の鍵』を視る。
久しぶりにいい新作を視た、という感じ。
物語の構造としては、今までワケありで疎遠だった父親と息子が、旅行を通じて心を通わせていくというもので、ヴェンダースの『パリ、テキサス』と共通するものを持つと言えば持つのだが、「『パリ、テキサス』を思わせる」と呟く事が、この映画に対しては果たして讃辞とは成り難い。
「ロード・ムーヴィー」という怪しげなジャンルに当てはめてこの映画を語る事を避けるならば、まず息子役を演じるアンドレア・ロッシの一挙手一投足一発話に魅せられる、ということが第一に挙げられるだろう。
(語弊を怖れず言うならば)健常者と障害を持った人間との関係、といったナイーヴな主題を扱うにもかかわらず、彼の危うげな歩行やユーモアあふれる発言などの振る舞いを、少々“華やか”に、だが、ただ見つめるように撮る事によって、映画は喜劇たりえ、観客が「親子の絆を描いている」と呟くことができる次元に至っている。(比べる事自体が失礼だが『アイ・アム・サム』などとは比べ物にならない程の視点でこの主題を取り扱っていることは言うまでもない)
ノルウェーに向かう船上で、父親が息子の歩行補助器を海に捨てるシーンは、何やら西部劇さえ思わせる逸脱であるし、ラストシーンもただごとではない動きを見せる。
シャーロット・ランプリングに軽く惚れてしまったし。
現代イタリアにこのような監督がおられるとは。

観客には何やら家族連れが多く、上映前には教育映画的な雰囲気が漂っていたが、それを大きく裏切ってくれる良い映画だった。
前の席の家族連れの父親が、帰り際に「あの終わり方は全然分からない」などと言っていたが、映画は一瞬でも輝けば、結末など見せなくてもいいではないか。

映画の後もスタバで閉店までGalisonの抄訳をやり、四ッ谷までずんどこ歩いた後中央線でオストワルト関係の論文を読みながら帰る。
「ブリュッケ」は表現主義のそれとは関係なさそうだ。

つい書きすぎた。
寝るまでにGalison抄訳を終わらせよう。

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水曜日。
午前の授業で研究小発表。
誰向けに話をすればいいのかイマイチつかめてなかったのと、徹夜で臨んでいたので結構テンパる。
自分の作品を寺さんに説明してもらったり。
不甲斐なし。
でも一応今までのオトレ関係の整理ができたので、最低良し。
終わってから院部屋のソファーで横になったら、夕方まで寝入ってしまった。
起きると豪雨が降ってきて、院部屋の前の通路の排水溝から水が噴き出していて、院部屋まで浸水しそうな勢いだった。
慌ててナコさんの車にまっつんと乗せてもらって、なんとか帰る。
そういえば朝、数日前に浸水騒ぎを起こしたお隣さんが、お引っ越しされていた。

木曜日。
昼から学校に行って、図書館に論文複写をもらったり諸事をこなした後、大橋、藤井、ナコで吉祥寺の「李朝園」で焼き肉。
発表が終わっているので手放しで楽しむ。
帰りに新しくできた公園口の古本屋に連れて行ってもらったが、そこで財団の山田君にバッタリ会う。
彼の買ったロマンポルシェのDVDはどうだったのだろうか...。

金曜日。
朝からライプニッツの評伝を読み、学校へ行って平尾さんのデザイン論特論と論理学を受ける。
私物の脳の模型を見たり、モナド論の話をしたり、アリストテレスの10範疇とカントの12範疇の話をしたり。
院部屋に帰るとキムさんが「醤油餅」という言葉を辞書で引いていて、思わず笑ってしまった(失礼)。
「醤油」と「餅」を字面で分節するのは難しいよね...(日本人がドイツ語やるようなもんだろう)。

土曜日。
珍しくすっきり起きたので、銀行で家賃を振り込んだ後に飯田橋に行く。
CD屋でトリュフォーの『華氏451』が980円だったので、衝動買い。
その後First kitchenでリードの『アフォーダンスの心理学』のミミズの件を読んだあと、財団が開いたので財団に行く。
休日モードの大野さんがあれこれやっている中、『Critical Inquiry』所収のPeter Galison「Aufbau/Bauhaus」を読む。
イントロと自分が翻訳担当の5、6章しか読んでいないが、ハンネス・マイヤーのデッサウ・バウハウスとカルナップ、ノイラートをはじめとしたウィーン学団の関わり、そしてノイラートとシュリックの決別、ナチスの台頭のあたりの話が、ノイラートとカルナップの間の手紙を軸に語られていて、とても興味深い。
大戦が起きてしまったからといってその時代から目を背けずに真摯に取り組む事の必要性を感じさせられるほど、この1930年前後は非常に面白い。
ハンネス・マイヤーという人について少し調べてみたい(例の国連コンペに参加していたのか!)。

財団のmonthly reportを本当にmonthlyに書く事になってしまった。
オトレのネタを不用意に書くわけにもいかないので、やはりソフトウェアを作りながら制作過程を載っけていくかな...。

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昼から新宿サテライトでノイラート研。
八束さんからブルーノ・ラトゥールの「Making Things Public」展のイントロと、イントロのイントロの抄訳の発表。
授業後TULLY'sで八束研+視デ院の交流会があったのだけれど、明日の発表資料を作る為に財団に行く。
財団に買ってもらったiWorkのkeynoteが届いたので、インストールして作業をはじめる。
パワポを一応モデルにしているのかどうかは知らないけど、文字まわりがやっぱり扱いにくい事は確か。
しかしあらかじめ用意されているあの「テーマ」とか「フォーマット」とかは、一般的に使われているのか?

「新事実が発覚する」→「読まなきゃいけないものが増える」→「新事実が発覚する」→「読まなきゃいけないものが増える」というサイクルにハマると、いつ「語れ」ばいいかよくわかりませんね。
一番楽しいんだけれど。

「mundaneum」ってググると10件目ぐらいにヒットするようになってしまった...。
こわ...。

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朝、晴天の下、チャリで小川の歯医者に行き、また歯石を取ってもらう。今日は痛かった。血だらけ。また歯磨きの仕方を修正してもらった。

歯医者友達のナコさんとデニーズで昼食を取りながら研究についてあれこれ話した後、学校へ行き、図書館で書籍取り寄せをお願いする。担当の太田さんがフルネームを憶えてくれたみたいで嬉しい。その後、ナコさんとコメニウスやウィラード・ブリントン Willard Brintonについて話す。世の中にはブリントンとノイラートの関係について論文を書いている稀代な方がおられます。

帰りがけにRCAの田中さんにEMSを送りに鷹の台の郵便局に寄り、家に帰って洗濯と宅急便を出し、夕飯を食べた後国分寺のスタバに行ってmundaneum.com(閉鎖)の記述を訳す。久しぶりの仏語に最初は戸惑うが、読んでみると以前より意外と読めるものである。どれが冠詞で、どれが助詞で、などということがわかっていれば、文章における単語間のつながりは英語でも仏語でも共通で、それが身体化されていればさほど障壁はないのだろう(もちろん語順は違うが)。外国語を修得するというプロセスほど、人と言葉について動的に考えさせられるものはないかもしれない。人間の身体化能力の信頼。

スタバの後は、ガストで粘る。

水曜日の研究小発表までに事実関係をまとめようと思ったけど、どんどん広がってきたので、困った。昨日の夜中もVossoughianの論文を興奮しながら読んでいて、ノイラートとオトレの関係が思ったより緊密で、お互いに影響を与えあったということがわかった。といっても1年ほどなのだが、ノイラートが1929年にオトレの「世界宮殿」を初訪問したことにはじまり、1929年の“Novus Orbis Pictus”(コメニウスの『世界図絵 Orbis Sensualium Pictus』[1658]から取った、Novus = 新しい、世界図絵という意味と、Otto NeurathとPaul Otletの頭文字をあわせたN.O.P.からつけられた)のプランニングを通じて緊密に関係していったらしい。その間、シカゴ科学工業博物館のディレクトをしていたWaldemar Kaempffert、マグデブルクの市長、ポーランドのポヅナンの権威、オランダのVredes-en Volken-bondstentoonstellingのディレクター、ニューヨーク市立博物館、アメリカ博物館協会委員会、工作連盟の「新時代」展を企画する事になる政治学者エルンスト・イエックなどと二人は関わっていったが、しかし最終的には意見の対立と1929年の株式恐慌の為、計画が分裂したらしい。その後も連絡は取りあっていて、ノイラートが彼の博物館を「ウィーン・ムンダネウム」「ハーグ・ムンダネウム」などと名前をつけたり、『社会と経済』という名前の共著を出そうとしたり(実現せず)、ノイラートの社会経済博物館でオトレと共同で展示をする計画があったそうだが、実際的な共同作業が行われたかどうかは定かではないらしい。ふむふむ。
他にも、オトレがハーバート・スペンサー、オーギュスト・コント、エドモン・ピカールの弁護者だと公言していたり、ノイラートが工作連盟に寄稿していくプロセスが書かれていたり、コルビュジエ=P.ジャンヌレとのムンダネウムのエピソードなどが書かれていて、とても貴重な論文だった。
オトレとコルビュジエが1928年に出会ってから、ムンダネウム、世界都市、ノイラートとの出会い、N.O.P.までがたったの2年であり、この緊密な連帯に何か運命的なものを感じずにはいられない。

それにしても、欧米の研究者は一次資料がいっぱい見れて、書簡とかまで見れて、しかも迅速に読めて、ずるい!と思ったりする。

さて、どう発表しようか。
詳細がわからないものがたくさんある...。

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昨日の夜、今日は海か湖へ行くぞ、と決める。

今日起きて、とりあえず秋葉原でお遣いを済ませ、Suicaで入場して適当に東海道線に乗る。まあ逗子ぐらいまで行けば海があるだろうと思い、ずんどこ大船まで行き、横須賀線に乗り換える。研究をほっぽり出すわけにはいかないので、道中はNader Vossoughianの「The Language of the World Museum : Otto Neurath, Paul Otlet, Le Corbusier」を読み込む。横須賀線に揺られながら、「でも逗子は行った事があるからどうせなら終点まで行ってみよう」と思い、久里浜まで乗る。途中、横須賀の港に停泊している数々の軍艦(?)が垣間見え、たじろぐ。

久里浜駅に着いたものの、ペリーの来航地を見て帰るのもなんだなあ、と思い、今度は三浦半島のさきっちょまで行ってみないと気が済まなくなる。京急に乗り換えて、三崎口へ。三崎口で降りたものの、周りには海が見えないので、とりあえず三崎港行きのバスに乗る。

三崎港で降りると、そこには市場があって、テレビでよく見かけるマグロの叩き売りや、激安の金目鯛なんかが売っていてテンションが上がるが、現金あんまり持ってきてないし持って帰れないのでうずうずと見つめるだけにする。近所をぐるっとまわると、魚料理がおいしそうな店がたくさんあるが、なんとなく入らない。
徒歩で橋を渡り、城ヶ島へ。砂浜でお土産の貝殻を拾い、島のまわりを廻るように歩くと、太平洋側の先端とおぼしき場所に出て、しばらくボーっとして、日が暮れそうになるのでゲソを食べてから帰路につく。帰りにVossoughianの論文で(詳細はまだだが)「N.O.P」というノイラートとオトレが緊密に関わってそうなプロジェクト(?)が発覚し、興奮する。結局横浜駅でラーメンを食べて帰る。

適当な駅で降りて適当に歩き回るのは楽しい。

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