10+1

「形象化された世界──《都市の記述》とその表現」
http://10plus1.jp/monthly/2018/10/issue-03.php

まさかの建築方面からお声がかかって、お題の「都市の記述」についてできるだけ虚勢を張ることなく率直なところを書きました。個人的にはより広い「世界の記述」に取り組んでいる最中であり、急な話でもあったので新しい調査はできませんでしたが、いつか書かれるべき「都市編」の序論として、問題意識の地図化ができたのではないかと思います。尚『10+1』は50号で終了後、Web雑誌として続いているとのことで、今回は第3号の「ノーテーション・カルトグラフィー」特集の回顧と更新が主旨という話でした。

アルドリッチ祭

巷ではアルドリッチ祭が行われているようなのだが、金もないし時間もないので家でDVDアルドリッチ祭。
初見の『ふるえて眠れ』。様々な角度から捉えられた邸宅のショットの連続に冒頭から痺れるが、『何がジェーンに』よりも感情の機微溢れる演技で演じるベティ・デイヴィスと彼女に優るとも劣らぬ演技の名優たち、セットの明快かつ豪華な衣裳に魅せられ続け、虐げ続けられた女の解放がさらなる悲劇という形でしか実現されないという冷酷な結末に感情移入とはまた別のところで圧倒されていたところ、彼女に唯一の理解を寄せた保険会社の老紳士との視線のやりとりを完璧きわまりない編集でたたみかけるラストシーンに打ちのめされ、さらに追い討ちをかけるように主題曲が被せられる。その瞬間、唐突に涙が流れる。傑作には言葉が要らないとはこのことである。
それにしても『北国の帝王』の異端さといったら…。どこが「究極の男のロマン」なんだよ!

第6回

『アイデア』での連載第6回は、「ナポレオンのモスクワ遠征地図」で有名なシャルル・ジョゼフ・ミナールです。「ナポレオン地図」が優れていることを指摘してそれでおしまいだった従来のデザイン史の言説から脱却するため、彼の仕事の全貌を見渡した上で再度「ナポレオン地図」の位置付けを見直し、さらに彼が統計地図の制作時に自らに課していた視覚化の原則を辿ることでその明快な思考を明らかにしました。観念や理論の表現のための図と、データを単純に視覚化し分析するための図に分けるとするならば、後者への分節が起きた大きな出来事ではないかと思います。10年来の宿題の提出がようやく終わりました。書店には10日前後に並ぶかと。

アトラス考─生態学的世界観の視覚化
第6回 シャルル・ジョゼフ・ミナールの流動地図――運河・鉄道時代の空間組織
http://www.idea-mag.com/idea_magazine/383/

どうせならステイサム映画が見たい

ジュラシック・パークの新しいやつ。
2018年新作恐竜CGお披露目会。確かにCGはよくできていて、デザイナーなんかバカバカしくてやめようか、とは思った。ジェフ・ゴールドブラム再登場は笑えるけどさ。まあでも人間と動物との付き合い方を考えさせる希少な映画ではあった。恐竜で金儲けしようとするやつらは全員喰われるべし。しかし猿の惑星ジェネシスみたい展開になっちゃったけど、本気で回収する気はあるのか。

ミッション・インポッシブルの新しいやつ。
全然よくわからなかったし、会話のシーンになると途端に苦笑してしまうんだけど、まあ、パリは意外と地理的に正しく撮っていたし、住んでいたところの近所も通ったから、千円分は楽しんだかな。なんで凶悪犯を財務省のヘリポートに降ろさないかんのかはわからんけど。それからフランスの警察はトム・クルーズを包囲できるほど有能じゃないと思ふ。莫大な予算を投入したジェイソン・ステイサム映画と言ってしまえばおしまいな気が。次回、デパルマに回帰!とかはさすがにないか。金をかけてる割に優雅さが無い。

貸本版の『河童の三平』を読了。鬼太郎より、悪魔くんより恐ろしいのはこれだと思う。何が怖いって、御大そのものが。常軌を逸している。

所感

駅前の広場に人がたかっていて、みんなうつむき気味にスマホを凝視しながら指で連打していて、これはひょっとして、ポ、ポケモ…。

おもしろきこともなき世をおもしろく

フランス人がHTML手打ちで作り上げたブリコラージュ丸出しのサイトの改修を相談されたんだが、HTMLファイルが200個以上もあるサーバの中身を見ながら、世の中みんな WordPress 化してしまって(まあこのブログもそうなのだが)面白いサイトが減ったことに気づかされる。テンプレで生産効率上げるために、内容をフォームに押し込めることばかり考えてしまうものなあ。自分が最初に作ったサイトのトップページは「Enter」も何もない、顔の絵のイメージマップだった。確か目をクリックすると入れるんだったな…。いやあ、あの頃の方がホームページを見るのも作るのも楽しかったよ。あの血肉がある感じ、たまんないね。「昨日ホームページ作ったんだけど見てよ」「新しいページ作ったんだけど帰ったら見てみて。ムフフ」とかいう会話が絶滅したもんな。「しょうがねえなあ」って苦笑しながら読んだりして。「ユーザビリティ」なんて言葉、吐き気がするほど嫌いだった。どこかの誰かが突然やってきて「ホームページかくあるべき」なんて官僚的で教育的な価値観を押しつけてきた。そんなの「思いやり」で片付けられるようなものだし、わかりやすさなんて数ある選択肢の一つでしかない。人間、多少使いづらかろうがいずれわかるし、面白い方がいいでしょ。わざわざそんなこと言わなければいけないほどわかりづらいサイトが多かったのは確かだけど(特に役所のホームページとかね!)価値観はそれだけじゃない。情報なんて糞食らえだ。情報デザインなんてもっと糞食らえだ。

世の中に必要なのは Javascript じゃなくてイメージマップだよ!Wordpress じゃなくて IBM ホームページビルダーだよ!たぶん。

4/6

春だ!

暑い!

明るい!

慣れない!

第4回

『アイデア』誌連載第4回、普段より4ページ増量でやっています。前回と合わせてフンボルト編後編とも言える内容ですが、国境を超えた地球全体にわたる自然現象の分布とその連関を主題とし、その中で生活する生物たちの生態にまで言及した「自然アトラス」の話です。4年前にこれを見た時に衝撃を受け、右も左も分からない中でとにかく地図を見まくってきましたが、何とか形になりました。これを知らずに我々はダイアグラムだの何だの言ってきたことを大いに恥じ入ります。地図の上でのモダニズムは19世紀初頭から既に始まっていた!

アトラス考─生態学的世界観の視覚化:第4回
「ハインリヒ・ベルグハウスの『自然アトラス』─地球の物理的記述と視覚言語の冒険」

スイス

原稿終わりのタイミングでスイスの友人Cの家へ。
途中乗り換えでチューリヒで降りたため、3時間の間に急いで見られるものを見る。中央図書館の展示室ではヨハネス・イッテンの展示。イッテンについては日本の国立近美の展示を見た以上に掘り下げて調べたことはなかったしそれも10年以上前のことで忘却の彼方だった。ここでは小さい展示ながらも彼の青年期からの色彩・構成の実験や彼が使った教科書の実物を見ることができる。女性に宛てた手紙の中でゴリゴリに装飾的なカリグラフィーをやっていて、こんなのもらったら戸惑うこと間違いなしである。また後半部からは彼が神秘主義的傾向にのめりこんでグロピウスと決裂し(シュタイナーの人智学にも満足しなかったそうだ)、この地に開いたテキスタイル学校やチューリヒ美術大学の教官時代の資料に焦点が当てられている。一昨年訪れた非ヨーロッパ芸術の宝庫リートベルグ美術館の初代ディレクターであったことは全く知らず、その創設にも関わっていたことは白眉であった。後でカタログを読んだ友人も、自分が学んだ美大のカリキュラムの基礎を作ったのはイッテンだったことを知り、自らの地域にとって重要な人物だったということを噛み締めていた。機能主義ブームが完全に去った現在において今イッテンを思想面を含めて見直す時に来ているのかもしれない(昨年が没後50年に当たり、今年は生誕130年でもある)。図書館を出た後はチューリヒ大学の自然史・古生物学博物館で恐竜の化石に見入った。これでは年中恐竜博ではないか。しかもこれら2つの展示は無料で見られてしまったし、イッテンの図録というか小冊子もタダでもらえてしまった。物価が高いので非常にありがたい。
Wald に住む友人Cは我々をサンティス山やアッペンツェルの地域博物館に連れて行ってくれたり、ザンクト・ガーレンでの図書館での調査を手配してくれた。非常に時間は限られていたがチヒョルトのアーカイブを再訪できたし(友人は彼の往復書簡を読みながらその辛辣というか皮肉というか攻撃的な書きっぷりに爆笑していた)、そのまた友人に頼んで美術図書館・造形素材アーカイブ・美術工場の複合施設を案内してくれたりした。いつも帰り際にまた来なくてはいけないという理由ができてしまう。むしろこれだけ手配してくれたのにすぐ帰ってしまって申し訳ないぐらいだ。じっくりと滞在できたらと思うのだが現実的にはしばらく厳しそうだ。しかし彼らには客人を神のようにもてなすべしという教えがあるらしく、油断するとすぐに高い食費や入場料などを払ってくれてしまったりするので、あまり厄介になるのも気が引ける。日本に来たらどこに連れて行くべきか今から考えあぐねている。
スイスでは日本車についての賛辞を聞くことが多い。車に乗っているとメルセデスやフォードに混じってスバルが走っている。トヨタも多いがそれよりもスバルが多い印象である。山道でも壊れずよく走ると評判だそうだ。決して日本ではシェアが高くないスバルがメルセデスらと競って走っているのを見るとなんとも誇らしいやらむず痒いやら複雑な気持ちだ。

無題

D’accord!

(「脱稿」とかけたフランスで今流行のダジャレ)